松韻を聴く旅 九州紀行第3弾(4)阿蘇へ久住へ
13日目(11月24日)熊本県山都町にある池尻の唐傘松へ
午前中の天草松島の撮影から気持ちを切り替えて旅を前に進めることにし、熊本県の内陸に向けて走り始めた。行き先は山都町にある「池尻の唐傘松」と阿蘇郡小国町、大分県竹田市にまたがる「日田往還の松並木」だ。
日没直後になんとか「池尻の唐傘松」の撮影に間に合い、誰もいない丘の上に佇む樹齢350年の赤松を独り占めすることができた。完全に暗闇になるまで微妙な光の効果を活かして老松と語り合えとても清々しい気持ちになれた。その理由を明日の朝に確かめようと思うのだが、周辺の田畑や道はとても綺麗に手入れされているのだ。地域の人の丁寧な暮らしに守られ、そして人々を見守る。そんな良い関係を続けることで樹齢を重ねてきたのだろう。とても素敵な場所だった。
明日の撮影も考え、日帰り温泉は最寄りで美里町にある「道の駅美里佐俣の湯」まで戻った。天井が高く露天も広いとても良い感じの温泉施設で、泉質はアルカリ性単純温泉アルカリ性低刺激性温泉でヌルッとした肌触り。湯上がりには肌がスベスベして撮影で傷んだ肌にとても有り難い。
車中泊は、撮影ポイントの近くまで戻りたいと考えて、山都町にある「道の駅通潤橋」とした。近くのコインランドリーに立ち寄り、駐車場に滑り込むと真正面に満点の星空のもとライトアップされた通潤橋が現れビックリ。この時間でも点灯しているので夜通し点灯しているのかと思って、とても良いロケーションで眠ることができると思ったら22時に消灯。気温は氷点下でシンシンと冷えてきた。
日没後の丘の上に佇む池尻の唐傘松(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)
14日目(11月25日)この旅は「秩序ある風景」を探す旅
日の出前に霜柱を踏み締めて「池尻の唐傘松」が佇む丘へ。気温はマイナス1℃。雲一つない快晴のもと樹齢350年の赤松に魅せられて撮影に没頭。気がついたら3時間が経っていた。
この写真シリーズは、いかなる被写体も愛機のHasselblad 907X CFV II 50Cという中判デジタルカメラと単焦点の45mm標準レンズ1本だけで撮影している。35mmカメラで35mmレンズに相当するので少し広めの標準レンズだが、ワイドレンズのような広がりはなくセンスの良い絵作りは簡単ではない。
無器用な表現を得意とするレンズといえるのだが、そこが良くて楽しんでいる。しかし、このレンズを楽しむためには、ひたすら動き回り立ち位置を決めてからも細かい微調整を行いようやくシャッターを切る。シャッターが切れたら自然と大きな深呼吸が出る。気力と体力を要する撮影だと思っている。
このように撮影に没頭できる時は、ひたすらに無心でより良い光線や構図を求められる環境下で、心身ともに非常に健全な状態なのである。密度の濃い時間で、生きていることを楽しんでいる実感が得られる。時々、風が吹くと松韻が聞こえるほどに、ここは静かな里山。何よりこの3時間、誰もおらずこの風景を独占しているという幸福感もある。
この「池尻の唐傘松」は1996(平成8)年に熊本県指定天然記念物に登録されており、幹回り約3m、樹高は約8.4mと低いが、枝張り約30mある。この樹形も魅力的だが、この老松が佇む環境が素晴らしい。これを美観というのだろう。簡単に言えばセイタカアワダチソウは全く生えていない。地域の人々による「秩序ある風景」に樹齢350年は佇んでいる。
この「秩序ある風景」こそが、日本の風景といえると考えている。丘の表面、道路脇、田畑、家々の佇まい、その全てに秩序が感じられる。自然と真摯に向き合い、自然に対する感謝があり、人も自然も支え合うバランス感覚。だからこの老松もまるで盆栽のような美しい佇まいになったのだろう。この景観を前にすると拙い表現になってしまう。
この旅を通して、風景に対して「秩序」という言葉を使うようになったのは、8月に訪れた高知県黒潮町で「入野松原保存会」会長の松並勝さんに見せてもらった、昭和38年頃の入野松原を丘の上から撮影したパノラマ写真がきっかけだった。
このパノラマ写真を見て以来、このプロジェクトは人と自然の営みが作り出す秩序ある風景に、健全に生きる松を探していると理解したのだ。つまり、時代を遡らないと得られない風景を探しているのかと、あきらめにも似た気持ちになったのだが、今、目の前にある景観はまさにそれである。探していた風景をどう捉えるのか。3時間があっという間に経つわけである。
この「松韻を聴く旅」で、出会いを期待しているのがエネルギー革命前の昭和30年代の日本の風景ではないかという気持ちから、今もその風景は地域の営みや思いによって維持されていることを期待しても大丈夫という気持ちへ。希望が現実となった大切な場所を深く心に刻んでおく。きっと待ってくれている風景はまだまだあるのだ。
お昼ご飯を地元のスーパーで買ってきて、松が佇む小高い丘の上に座り込んで食べることにした。気温は10℃だが、快晴の陽射しは強く体感温度はもっとある至福の時間となった。いつまでも撮影していたいのだが、昨日の残照での撮影と今朝の日の出前後の撮影で、ドラマチックな時間帯は撮影できているので次へ進む判断をした。
明日以降の山の天候が読めないので、今日の快晴を活かして次の目的地である「日田往還の松並木」を夕方の陽射しで撮影すると考えたのだ。山都町から小国町への道は阿蘇を望むドライブコースだ。最後はやまなみハイウェイを走るのだが、ここも38年前にバイク一人旅で走って以来となる。
あの頃は阿蘇の広大な風景を、まるでアメリカの風景の中を走るように憧れていたことを思い出す。特に牧場の木の柵やゲートがあると気分は最高潮になっていた。特に牧場名が英語で「なんとかRanch」とか書いてあると高揚感が増したことは言うまでもない。
「日田往還の松並木」とは、江戸時代に小国街道、久住街道に植えられたものの一部と言われ、当時は小倉と大分鶴崎の2つの港が開かれていたので、この街道を参勤交代だけでなく多くの文人墨客が往来したという。松並木の木陰で涼みながら阿蘇や久住の雄大な風景を眺める街道。素敵すぎるのだ。
瀬の本高原から黒川温泉に向かう国道442号の旧道と、同じく国道442号の久住南登山口周辺に残る松並木を被写体とする。今日は先に瀬の本側に辿り着いたので、日没まで逆光に浮かぶ広大なススキの丘陵を取り入れることで高原の松並木を表現したく没頭。
薄暗くなって小国町の日帰り温泉と道の駅を頼って走り出すと、雰囲気のあるお店があったので早めの夕食とする。「自然薯料理やまたけ」で炭火の匂いに包まれながら「自然薯だご汁膳」を食し、非常に美味であったがすっかり燻されてしまった。
こじんまりとして良い感じの「南小国町交流促進センター温泉館きよら」でじっくりと温まって、「道の駅小国」の隣にあるコインランドリーで匂いのついた服一式を洗って車中泊。天気予報は明日までは快晴だといっているので、日田往還の久住側を撮影する予定。氷点下でシンシンと冷えてくるのでFFヒーターが頼りになる夜。
池尻の唐傘松から見下ろす(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)
15日目(11月26日)久住街道の松並木
天気予報に反して曇天の夜明け。そのうち晴れるかなと思いながら「道の駅小国」から熊本県の県境を超えて竹田市へ。松並木はとても良い状態で佇んでいた。
なかなか晴れ間が広がらなかったが、粘って11時過ぎから14時前までの3時間ほどの青空のタイミングに集中して撮影。まずは障害物のない構図が得られる場所を選定し、江戸の昔、この街道を急ぐ旅人が広大な風景に癒されながら気持ちを高めたであろう、そんな気分を表現したく駆け足で撮影してまわった。
雲が増えてきて集中力が途切れてきたので、遅めのランチを松並木を見下ろす場所にあるボイボイキャンプ場のカフェに行く。その後も少し撮影をして、小国町に戻り「北里柴三郎記念館」に向かった。この地の出身であることを知らず今朝看板を見つけてこれは行かねばと思ったのは、ごくごく身内の2人が北里大学を卒業しているので、今更ながら北里柴三郎について理解を深めたいと思ったからだ。
16時半閉館16時受付終了だったにも関わらず16時15分に受付を通してもらい、20分の紹介映像を流してもらい、閉館時間をとっくに過ぎてしまっていても快く対応いただけたのだった。
生家は、記念館の駐車場になっている川沿いにあり、昭和40年代の川の氾濫後に現在の場所に移築されたそうだが、現在の記念館に立つ貴賓館や北里文庫の建物や石垣や門などは当時のままということで、北里柴三郎が眺めたであろう貴賓館の2階の眺めがとても良く、独り占めさせてもらえたのは有り難かった。
それにしても、東京から遥か離れたこの阿蘇の山間の地から世界に羽ばたいて、日本の医療を劇的に進化させた人物が誕生したことに勇気をもらう。
日帰り温泉は昨日から気になっていた黒川温泉の「奥の湯」にしてみたら大正解。非常に品格がありインバウンドにも人気のある宿泊施設だが日帰り温泉は安価。とても雰囲気のある内湯と露天風呂なのだ。ちょっと驚いたのは、大きな露天風呂でボーッ浸かっていたら、なんと全裸の外国人女性が目の前を横切るではないか?!これはヤバい、やってしまったか?!と慌てて看板を見直すと「露天は混浴」と書かれてあった。
さて、思わぬ経験をしたが明日の天候も考えて車中泊は「道の駅阿蘇」に決め、曇り空から時々のぞく月明かりのやまなみハイウェイを快適ドライブ。なかなかの開放感である。到着してみて納得したが、JR阿蘇駅に隣接して道の駅があり車中泊でも人気スポットのようで満車に近い状態。
それにしても、熊本県は道の駅が多い。町ごとに1つあると思えるほどだ。車中泊で、これほど密度濃く道の駅の恩恵を受けてしまうと、他の地域を訪れた際のサバイバルスキルが低減してしまいそうである。ところが、道の駅の都道府県別ランキングを調べてみたら、意外にも熊本県は35ヶ所で5位。1位は北海道の127ヶ所、2位は岐阜県の56ヶ所、3位は長野県の52ヶ所、4位は新潟県の42ヶ所、5位は熊本県以外に岩手県、福島県、和歌山県、兵庫県であった。特に雪国の道の駅には頼らせてもらおう。
さて、車中泊の場所に停車したら、どんな状況であれマイペースで気にせず、24インチモニターをセットして書斎セッティングにして、お気に入りの音楽を流して、今日の撮影データの現状処理を楽しみ、備忘録を書き留めFacebookとInstagramにアップして、寝室セッティングに切り替えて熟睡。
久住高原の松(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)
16日目(11月27日)阿蘇から湯布院へ
天気予報に反して小雨の朝。今日は終日天気が良くないようなので、阿蘇でのんびりと過ごして次の撮影地に移動しようと考え、38年振りの大観峰へ向かった。
雲海を見下ろす大観峰に上がると、みるみるうちに雲が動き出し、松のある風景ではないけど、これはまたとないチャンスと愛機で変化する雲の撮影。太陽も照り始め、まるで神様たちが踊るような雲の動きに興奮状態でシャッターを切り続け気がついたら1時間は経ってしまった。
青空がドンドンと広がってきたので、慌てて瀬の本側の松並木に向かい昨日得られなかった阿蘇の山並みを背景にした松並木を狙う。その後、久住側の松並木に移動し晴れ間が続く間は追加撮影に没頭する。15時を過ぎて雲が増え始めたのと、天気予報が外れたおかげで好条件の撮影が連日続き、この旅に出て初めて疲れを感じたので強制終了とした。
昨日もランチに行った「ボイボイキャンプ場」にあるカフェで今日も遅めのランチ。松並木を見下ろす立地と、阿蘇も久住も展望できる広大なロケーションが良いのと、ここのカレーが美味しいので再び足が向いた。今日は店主の渡邉勝三さんに話しかけてみた。
渡邉さんは、この地で生まれ育ちいずれ帰郷するつもりで東京で働き、広い牧草地を借りてキャンプ場を始めて25年。カフェは20年。キャンプ場は息子さんが管理をしている。
広大な阿蘇の美しい風景は牧場主の運営の賜物。昔は一軒に数頭の牛を飼い放牧していたので、一度野焼きをして生えてきた牧草を牛たちが食べて広大な牧草地を維持管理。ところが近年は一軒に40-50頭を飼っているので牛舎で管理。放牧すると最近の牛は痩せてしまうらしく、何やら現代人と同様に野生味がなくなる環境で飼育されているようである。
このため、牧草地を維持するために外来種の牧草の種を蒔き年に何度も収穫する経営になり、以前のような人間と牛による自然循環ではなくなってきたそうだ。山や畑、そして松林と同様に、牧草地も持続不可能な未来がすぐ近くに来ていると言えるのかもしれない。
やまなみハイウェイを走って、どこまでも美しい牧草地が管理されていることに驚嘆していたが、実は危機を迎えていると理解していいのだろう。
渡邉さんは、生まれ育った大好きな故郷の風景をいつまでも守りたいと考えキャンプ場を始めたそうだ。10,000坪もあるキャンプ場で年に1回の野焼きと草刈りでその美しいさを維持している。人が自然を利用して維持される日本の美しい風景。ここにも「秩序ある風景」を守ろうとしている人がいた。牧草地も松林も同じといえる。
さて、急遽、明日の午後、糸島で松原保全をしている方に会えることになり、阿蘇を後にすることにした。どこへ降りて中継地にするか迷いに迷って湯布院へ。一度も行ったことがなく良い温泉を楽しみたいというのと、「道の駅ゆふいん」が湯布院インターの至近にあり糸島に向かうには便利と考えたのが理由だ。
由布院での日帰り温泉は、地元の人が愛用されている「湯の坪温泉」へ行ってみた。駐車スペースは2台と少なく満車。周辺の駐車場を探しながらもう一度行ってみるとどの車も出ていったのだった。入り口のボックスに200円を投入し脱衣所に行くと誰もいない。蛇口は2人分で水道水しかなく、体を洗うためには湯船から直接お湯をすくい取るようだ。窓は開いていてほとんど露天風呂のような状態には笑った。お湯は少し熱めで体が温まり雰囲気が抜群に良くて貸切。気持ちの良い場所で大正解。脱衣所で服を着ていると、2組の家族連れがドドっと入ってきて湯船のヘリにみんな並んで体を洗っている光景を見れて、正しいこの温泉の入り方も確認。タイミングも抜群に良かった。
瀬の本高原の松並木(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)