松韻を聴く旅 三保松原と富士山
3月の撮影は三保松原で粘ることとした。今シーズンは雪が多く富士山の冠雪が美しいためである。ただ季節の変わり目で天候が安定しないことを覚悟して臨んだ。
”三保松原”
「日本の暮らしと松」をテーマとして撮影するこのプロジェクトの原点のような場所と考えている。2021年のGWに初めて撮影に訪れ、「清水灯台」と「羽衣の松」との間を何度も往復して鎌ヶ崎周辺で見つけたポイントからの松越しの富士を撮影できたことでこのプロジェクトのスケール感がイメージできたのだった。今もその時の作品が選別から漏れることはないのだが、全国を巡って見えてきた視線でもっとインパクトのある作品を撮って納得したいのだ。
なぜ、「日本の暮らしと松」をテーマにする撮影に”三保松原”が欠かせないと感じたのだろうか。少し文献を参照しながら検証する。遠藤まゆみさんが執筆された「三保の松原・美の世界」では、室町時代以降の屏風絵に描かれている日本を代表する名所として、塩竈・松島、三保の松原、和歌の浦、住吉神社、天橋立、厳島神社を挙げている。
日本三景もこの中からある時代に選ばれたとものとし、すべてが海浜の杜や浜の景色、洲浜の景観美が表現されているが、三保の松原だけは富士山が描かれている、あるいは富士山を描くにも三保の松原が欠かせなかったとし、日本を代表する景観美を表現する際に富士山と三保の松原がセットになってきたことを解き明かしている。
三保松原の観光拠点である「みほしるべ」のウェブサイトによると、松原のある三保半島は、海流によって運ばれた大崩海岸や安倍川河口からの土砂の堆積と、有度山の海食崖から削り取られた土砂の堆積によって細長く成長した大きな砂嘴であり、富士山は古代中国思想の影響により蓬莱山とも呼ばれ仙人が住むとされ、その富士山と人間界とを結びつける架け橋として三保松原は捉えられた。三保松原は常に富士山と共に描かれ、富士山へ向かう入り口と認識されてきたと説明している。いうまでもなく富士山は日本の最高峰であり、古来より日本の景観美の代表である。その入り口が三保松原とされ、常にセットで描かれてきたのである。
これが多くの日本人の脳裏に焼き付いており、「日本の暮らしと松」を表現する際の原点、まさに入り口として表現したいと考えるのは自然の流れだったとも言える。「みほしるべ」のウェブサイトに「松と日本文化」という説明があるので補足のため記述しておくと、「日本では松は、常緑で冬でも緑を絶やさない神の宿る神聖な木とされ、門松や正月飾りをはじめ、婚礼、誕生の祝い事に欠かせません。中国においても縁起が良く、清く高い品格の意味を持った長寿の象徴です。」
では、写真作品として具体的に三保松原と富士山の組み合わせがどこからの眺望が望ましいのかである。その原点の構図となるのが画聖雪舟が描いたとされる「富士三保清見寺図(室町時代)」だ。この絵を多くの絵師が追随したことで富士を松原と共に描く定番となっていった。眺望は今の日本平からの俯瞰と考えられ、みほしるべの解説をそのまま引用すると、「神宿る山・富士山と名刹・清見寺、そこに三保松原を組み合わせ、安定した構図にまとめあげた作品で、富士山と三保松原の絵の基本形として、多くの模写作品が作られるとともに、後代の富士山図に絶大な影響を与えた」のである。
しかし時代が下って、油彩画や写真でも富士と三保松原が表現されるようになると、晩年は三保に移住した和田英作による三保松原の鎌ヶ崎と思われる辺りから松越しに富士を描いた油彩画の「松原富士」「朝陽富士」や、写真家の岡田紅陽による「三保の富士」も鎌ヶ崎周辺から撮影したものと思われるものが残る。現在、日本平からの眺望は清水の街並みが発展しており、現代と過去を比較するには興味深い撮影ができると考えるが、情緒性を期待するのは厳しいため近代に表現された三保松原内からの眺望を探索するのが望ましいと考えている。
横山大観の言葉に「日本は松の国というが、松は世界一で、松の景観は富士の威容と併せて、御国を美しく飾っている。」というものがある。横山大観は明治末に長谷川等伯の「松林図」に感心して以来、「うねらせるためにうねらせるのではない。うねらせないと気持が出ないのです」といい、「終日風に吹かれる松をみていると、たまらなく描きたくなる」ともいっていたそうだ。この旅を続ける者にとって心の支えになる言葉だ。
日本平より三保松原と富士(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)
以下は撮影の備忘録まで。
3月9日(月)、10日(火)
晴天で相模湾から富士山が見えていたため15時ごろから三保松原を目指す。高速を使って一気に走れば距離は140kmほど、時間にして2時間ほどで到着する。しかし、三保松原からは残念ながら雲に隠れて見ることが叶わなかったため、三保松原らしい松の風景を探求する。松原の中の撮影は各地の松原との違いを見せる必要があるのだがその特徴を掴むのが難しい。しかし三保松原の場合、一つ確実に言えるのは樹齢をそれなりに重ねた松たちの樹冠に特徴がある。それと土手のように盛り上がった地形がうまく捉えることができたらと考えている。一夜明けて日の出前の頭上は快晴なのだが富士山だけは雲に隠れている。8時ごろから裾野にだけ雲がたなびく程度になり10時前にはすっきり姿を現してくれた。しかし風が吹き始めスローシャッターには厳しい条件。何枚か撮影できたが午後になると一気に雲に覆われてしまい帰宅。
3月14日(金)
前夜、星空の茅ヶ崎を出発し夜中に星空の三保松原に到着。しかし夜明けごろは晴天ながら富士山だけは雲に隠れていた。8時ごろからうっすらと見えたが再び隠れてしまう。たぶん黄砂の影響だと思われるが、全体にモヤがかかったような眺望なので雰囲気の良い撮影ができる可能性を感じ、雪舟たちが描いたような高台からの三保松原の眺望を探索することとした。
新東名高速の新清水ジャンクションから東名高速へ向かう途中に見えていた三保松原の眺望が新鮮だったので足場を探す。三池平古墳からは手前の林に遮られて思うように展望できず、そこから後背地に移動してみると同じ清水区山切という住所でみかん畑が広がる高台から何ヶ所か展望できることがわかった。同じように高台から展望できそうな場所を探し葵区にある一本松公園に行き当たる。極めて細い山道で登り富士山を背後にすることは難しいが三保松原を展望するには良好。ただ熊の目撃情報があるらしい。最後に日本平に向かい撮影ポイントを特定した。
夕方も富士山は望めず三保松原の中を撮影し帰宅。ところが御殿場まで来ると快晴で暗闇に富士山が見えている。翌朝は快晴でライブカメラでは美しい姿が見えていた。天候の見極めは本当に難しい。夜まで現場に残った場合は必ず翌朝も確認することを課す。
3月17日(月)、18日(火)
相模湾からすっきりと富士山が望めるため午後から三保松原に向かう。三保松原からも千切れ雲が漂うが富士山はすっきりと望める。陽が傾くにつれて雲がなくなり快晴となるが風が強くスローシャッターには厳しい条件。夜景の足場を探し納得できる撮影はできなかったが撮影ポイントを特定することができた。風がおさまってきて、以前からみほしるべの建物近くの松をシルエットに星を流す撮影を試みていたがようやく収めることができた。星空の下、大いに期待して夜明け前に撮影ポイントに向かうも富士山だけが雲に覆われている。しばし待機していると9時近くに山頂だけが見え始め、裾野をたなびく太い雲を絵にできないか撮影しておく。昼ごろに日本平に移動してみると山頂も隠れてしまっていた。
天気予報では今夜から強い寒波が襲来すると伝えており、今シーズン最後の雪化粧が期待できると考え一気に長野へ移動することにした。16時ごろには茅野市の風除けの松に到着したが晴天で以前降った雪がところどころに残る程度。明日の積雪を期待してロケハンを行い早々に蓼科温泉浴場へ。泉質はナトリウム塩化物硫酸塩泉、源泉61℃で掛け流し。浴槽も43℃はあり疲れて冷えた体にはとても良い。
3月19日(水)
雨が降り始めたが寝ている間に雪に変わったようで夜明け前には車も雪化粧。明るくなる前に風除けの松に向かう。明るくなり始め吹雪く中で撮影開始。降ったり弱まったりを繰り返すが段々と激しさを増し、天気予報も刻々と降雪時間を先延ばし始める。風除けの松周辺をくまなく歩いて撮影し、ビーナスラインの途中にあるアカマツ林も撮影。結局、降雪は朝だけの予報だったが青空が見え始めたのは13時ごろ。八ヶ岳西麓広域農道を走ると冠雪した雄大な八ヶ岳が望め手前にアカマツ林を置いた撮影ポイントを探す。
三保松原に戻る前に原村にあるもみの湯に立ち寄り疲れを癒す。泉質はナトリウム硫酸塩塩化物泉、源泉は54.9℃で掛け流し。この周辺の温泉は良質でありがたい。一気に三保松原に戻り、無風快晴のもと先日見つけておいた撮影ポイントから星空の三保松原と富士を収めた。
3月20日(木)、21日(金)
夜明けに富士山は見えず。7時ごろから晴れ始め姿を現し日中を通して見えていたが、夕方から風が強まり雲がたなびき始め日没前は撮影叶わず。夜明け前、富士はスッキリ見え星空を狙うが意外と早く明るくなり始める。5時過ぎ無風で所定の場所でスローシャッターの撮影がようやく実現。微妙なアングル調整、写り込む人の有無など、細やかな確認をしながら撮影に集中。日差しと影が気になり始めたので切り上げて7時ごろ日本平からの眺望を撮影。日本平ホテルの広大な庭園から初めて眺める。午後になって風が吹き始め飛行場周辺からの眺望を撮影し、17時ごろから所定の場所へ移動するが風が強いためスローシャッターは厳しい。日没とともに春霞のような見え方で雰囲気はいいのだが、日没後の星空の富士を狙うには姿は薄過ぎ加えて早い時間帯は市内の明かりが強い。