(「九州・四国、心残りの場所へ再訪(3)」より続く)

 

5月31日 13日目 津田の松原で講演会

 

5時過ぎから津田の松原で撮影散策。2023年7月13日に初めて訪れた際、2012年に「津田の松原再生計画」の策定を推進した鶴身正さんにお会いして年齢を感じさせないその熱い話ぶりに驚き、以来、日本の松原保全のレジェンドと一方的に慕わせていただいている。2024年11月にも訪ねてお話を伺った。松を撮影するエネルギーをいただいているのだ。

初めてお会いした際に撮影した鶴身さんのポートレイトは、棟方志功が「おお兄弟、ここにおったか」といった推定樹齢600年の「恵美酒神の松」に棟方志功と同じように座ってもらった。その老松がなんと枯死していると思われるのだ。枯れた様子からマツクイムシ被害ではないかと思われる。現在90歳の鶴身さんのお気持ちは察するにあまりある。「600年も生きてきて、何も自分が生きている時に命を終えなくても」とつぶやかれたのだった。

ちなみに、灸まん美術館で和田邦坊を研究している西谷美紀さんに教えてもらったのだが、棟方志功が津田の松原に足を運んだのは、猪熊源一郎に言われて邦坊が描いた知事公設室の「讃岐の松」を見て感激したから和田邦坊と一緒に見に行ったと言われており、のちに「香川県庁大広間の和田邦坊画伯の大画業は今世の絶大に数えられるべきものと感嘆やまないことです」と言っている。

なお、棟方志功が「世界一の松・四国でいちばん素晴らしいところだ」と賞賛し写生した場所には標識が建っているのだが、先日ネット検索したらその激しく迫力のある版画作品を目にすることができた。

11時半に講演会場の津田公民館大ホールに行きパソコンの接続確認をしてから津田の松原の中にあるお店で昼食。鶴身さんともう一人、今年の3月から「津田の松原琴林公園活性化マネージャー (地域おこし協力隊)」に着任した迫田夏幸さんだ。これは池田県知事の思いから設定されたポストとのこと。20代の感性で樹齢500年を超える老松が林立する「津田の松原」の活性化がお仕事だ。とても頼もしく今後も連携したい。

講演の演目は「松韻を聴く旅」だ。全国の松を見てきたから言えることとして、樹齢500年以上の老松が立ち並ぶ「津田の松原」は全国で唯一無二の存在で「老舗の松原」なのだ。地元の方がそんな「津田の松原」の価値を理解し観光資源として見直すことを目的に、各地の松の風景や松に関わる人の物語などを作品を投影しながらお話した。

講演会場は110席用意されていたようだが、8割以上は埋まっていたように見えた。主催者からは関係者を入れると100名を超えていたとのこと。予想以上の入りで高齢の方だけでなく大学生まで多彩な年代の人が集まってくださったのは嬉しかった。次期市長候補の方、「津田の松原」に隣接する津田小学校の校長先生と4年生の先生、香川大で防災を学ぶ学生、松原の松葉を回収する会社の社長さん。多彩な方々と名刺交換をして談笑。ケーブルテレビの取材も入っていた。

いつものSDGsの講演ではなく松の講演。まさにオリジナルのテーマであり内容なのだ。また一つ階段を上がったように思えた。

講演会場を出て迫田さんにお願いしてIターンの黒川慎一朗くんが運営する「うみの図書館」に足を運んだ。大阪大学で都市計画を学んでいたが故郷に戻って拠点を作った。そのアイデアと行動力が素晴らしい。そして、彼らの世代が集まって松原の再生に向けて動き出しているのだ。新世代の松原保全の進捗をキャッチアップしていきたい。

頼もしい刺激を受けて日没まで「津田の松原」を撮影。

恒例の日帰り温泉は地元の人御用達の「春日温泉」。泉質は中性低張性冷鉱泉(ラドン、メタケイ酸含有)で源泉温度は不明。

明朝、大鳴門橋を撮影するため徳島県内まで進む。

 

津田の松原にて(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

6月1日 14日目 大鳴門橋と松

 

6時に大鳴門橋で撮影開始。1985年に開通した全長1629mの「大鳴門橋」を展望する千畳敷。近くには藩主が造園したと言われるお茶園展望台もあるなど昔から渦潮を見下ろす場所だった。世界三大潮流の一つと言われている「鳴門」の名称は轟音を響かせて渦を巻くことから鳴る瀬戸に由来するとされている。この辺りからの眺望とされる歌川広重の「阿波鳴門之風景」があり岩の上には松が描かれている。千畳敷にもお茶園にもその名残のクロマツが点在し時空を超えた光景が広がる。

旅の疲れが蓄積しているようで睡眠不足でダウン。龍宮の磯で気持ちのいい風が抜けるのでひたすら寝ることができた。夕方、再び大鳴門橋の撮影。

恒例の日帰り温泉は南あわじ市に渡って「ゆとりっく」へ。泉質はナトリウム炭酸水素塩泉で源泉は27.8℃。これまで利用していた慶野松原に隣接する国民宿舎慶野松原荘が閉館してしまっていた。ここの温泉からの眺望は日本で最も松原に馴染んでいたのに残念至極である。

 

茶園展望台よりのぞむ大鳴門橋(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

6月2日 15日目 松原サミット開催に向けて

 

夜明けより慶野松原を撮影散策。全国の松原を見てきたが、ここは完全な白砂青松が維持管理され、程よく丘陵となっており松たちも特徴的な樹形をしていてとても印象深い場所なのだ。そして何より生まれて初めて松露を見つけることができた場所でもある。

10時から南あわじ市役所で社会教育課の皆さんと慶野松原根上り隊の皆さんとのミーティング。内容は慶野松原の名勝指定100年を記念して2028年に「全国松原サミット」を開催したいというものだ。この松原サミットは以前にも開催されていた。以下、記す。

「松原友好市町交流会議(全国松原サミット)」

開催目的は「松原を将来に渡って保護し、語り継いでいくべき自然について論議し、各々の交流を深め、意識の高揚に努めよう」とし自治体主導で始まったようだ。一般財団法人日本緑化センターの季刊誌「グリーン・エージ」に記載された当時のレポートから以下の情報を収集しまとめてみた。

1987年(昭和62年)に第1回が慶野松原の呼びかけで開催され2000年(平成12年)まで続いた。開催場所は以下の通りだ。

1、慶野松原

2、気比の松原

3、入野松原

4、三保松原

5、津田の松原

6、(虹の松原

7、風の松原

8、天橋立

9、くにの松原

10、慶野松原

11、三保松原

12、入野松原

13、気比の松原

14、津田の松原

保護育成対策と景観維持対策を主題としてプログラムは「各地の報告」「基調講演」「共同宣言」「記念植樹」「エクスカーション」などで、具体的な議論のポイントは「管理規制」「病害虫対策」「清掃管理」「施設整備」「利用促進」と松原維持の全方位から議論を重ねていたようだ。

参加した松原は10ヶ所で、開始当初からの参加は秋田県「風の松原」、福井県「気比の松原」、静岡県「三保松原」、京都府「天橋立」、兵庫県「慶野松原」、香川県「津田の松原」、高知県「入野松原」、佐賀県「虹の松原」で、第9回より鹿児島県「くにの松原」が、第12回より山形県「万里の松原」が参加している。開催の報告書は公開されておらずこれ以上の詳細や成果は不明だが、この頃に「松原再生計画」が各地で立案されており多様な成果があったと思える。

先人たちのこの実績を参考にさせていただき、少なくともこれから10年は継続するような実施体制を組むことが重要だと思われる。これからの議論は現在のボランティア活動を基盤にしつつ発展させ、地域経済循環の中に松原を入れ込むことなのだ。どこかでモデル事業が立ち上がることを願う。この旅で培った全国の松原や松に関わる人たちとのネットワークを提供し、日本の文化的価値である松が作り出す景観を維持する知見の底上げのため熱烈サポートをしていきたいと思う。早速、今日の議論を踏まえて今後の進め方を会議室にあったホワイトボードに書き出し、みなさんと共有させていただいた。

2023年7月から開始した「松韻を聴く旅」は、松が作り出す景観を撮影し、松に関わる人に会って取材し撮影を重ねてきたが、それによって得た知見とネットワークを活かすステージに入ってきたように感じる会議だった。持続可能な日本の地域のあり方を、松が作り出す景観から考えるこのアプローチに確信が持てるようになってきた。ありがたい。

 

慶野松原(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

(へ続く)