(「桜前線と伴走の東北(3)三陸海岸の肝はアカマツ」より続く)

 

5月20日 2日目 国東半島の奈多海岸へ

 

19日の朝、茅ヶ崎を出て夕方にはフェリーで六甲アイランドを出港して大分港に6:20に到着。下船して一路、国東半島の奈多海岸に向かう。

奈多海岸の松原の中にある海の家だった一軒家をリフォームしている宿泊施設兼住居「奈多みどり荘」の佐藤徹夫さんに再会。インバウンドのガイドを生業にしており、上高地、高山、京都などを巡って昨日帰ってきたそうでお会いできてとてもラッキーだった。

東京や大阪、もしくは福岡などの都市部ではなく、ここ大分県の杵築市にある奈多海岸を拠点にしていることが魅力的なのである。イタリアのナショナル・ジオグラフィック別冊「traveler」の表紙に奈多海岸の鳥居が使われた話から世界の旅行者の間で今は日本ブームだという話になった。これまでの典型的観光地だけでなく、ここ奈多海岸もその有力地になってきているのだ。

しかし「ブーム」ということはいつか翳りがくるということだと佐藤さんはいう。それは果たしていつなのか。今はまだ右肩上がりの旅行者数だと思うが何年続くのか。地域が持続可能なまちづくりの機会として活かせる期間でもあるのでとても気になるところだ。

続いて12時に奈多宮の駐車場で「奈多狩宿住吉海岸の松林を守る会」会長で住民自治協議会会長でもある木村謙次郎さんと樹木の専門家である二村沢行さんと待ち合わせ。佐藤さん、木村さん、二村さんとは2023年9月20日に初めてお会いして以来の再会となる。

木村さんの話を要約すると、他の地域の松原を保全する人がきっと耳を傾けたくなる話ばかりであった。まず地域住民の子育て世代が積極的に清掃活動やマルシェなどのイベントを手伝ってくれるそうだが、これは守る会と自治会が一体となっていることが要因ではないかと木村さんは分析している。これによって世代を超えて松原の活動に参加する人が増え、地元の小学生が松原体験をすることで、成長しても故郷の松原を思い返したり大切にしたいという心を育んでいるのだ。この背景には子育て世代は一次産業従事者が多いようで、このため自然循環、自然の恵み、自然に守られる暮らしへの理解が浸透しているということも考えられる。

さらにユニークというか注目されるのは、海外の修学旅行の受け入れが極めて多いということだ。木村さんに頂いた資料やお話によると、中国、シンガポール、カナダ、アメリカ、ドイツなど地域にかかわらず世界中から修学旅行に来ているのだ。いきなりイタリアのナショナル・ジオグラフィック別冊「traveler」の表紙にこの海岸に浮かぶ市杵島の鳥居風景が取り上げられたり、マイケル・ケンナの作品に市杵島の鳥居があったりと、海外の写真家にも浸透していることも海外系の旅行会社に知られる引き金になっているのではないかと思われる。

しかし、木村さんの分析はあくまでも自分たちのSNSの発信の効果が大きいという。念のため検索するとFacebookのフォロワーは600人程度、Instagramのフォロワーは2,000人を超えている程度だが投稿は和英で行っている。どのぐらい海外からの訪問に影響を与えるインフルエンサーが含まれているのかは不明だが、地域で松原の保全活動をしている組織としては確かに発信力を秘めているかもしれない。何より地域住民の保全にかけるエネルギーが素晴らしいので人を惹きつけているということが基本にはあるのではないだろうか。

今年は例年になく九州南部がトップで梅雨入り。平年より2週間早く5月16日だったが北部はまだで、終日初夏のような気候で27℃まで上がりTシャツで過ごした。日帰り温泉は「杵築市山香温泉センター神塩鉱泉」で泉質は塩化物泉の中でもナトリウムイオンや塩化物イオンの含有量が高い塩化物強塩泉で源泉は31.8℃で加温。秘湯として人気があるらしい。とても塩分が強い泉質に癒してもらった。

 

5月21日 3日目 霧に霞む奈多海岸

 

5時過ぎ起床。ここ宇佐市院内町は江戸末期から大正時代に造られた石橋が75ヶ所も残り密集度は日本一らしい。

少し散策すると雨が降り出しそうな気配がしてきた。もしかしたら海では霧が出ている可能性があると考え、奈多海岸に戻ると予想以上の霧に包まれているではないか。大急ぎで撮影に入るといよいよ雨が降り出し雨足も強まる。何度か切り上げようとするが、その都度、ちょっと待ちなさいと言わんばかりに霧が海から広がり始めるので夕方まで粘る。気温は、昨日とは違い雨ガッパを着てちょうど良い気候で気温20℃前後。

納得できる気象条件で撮影もできたので、そろそろ次の目的地である「虹の松原」を目指すべく走り始めたらなんと九州道が濃霧のため通行止。別府から下道で走ると見渡す限り陸上自衛隊日出生台演習場を抜ける山道を走る。残念ながら高原に一本松のような光景には出会えずだがなかなか走れない一本道を楽しめた。これほどの広大な面積を草原として維持できているということは野焼きも行っているのではないかと思いながら走る。

日没前に玖珠町に至る。温泉が豊富なエリアだが不思議な「源泉掛け流しのアサダ温泉」にした。大きな駐車場の中にプレハブの建物で無人の施設。泉質はアルカリ性単純泉で源泉は45.2℃。貸切でくつろげた。

 

霧に霞む奈多海岸の市杵島(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

5月22日 4日目 雨に濡れる虹の松原の松たち

 

5時前に悪寒がするほど体が冷え切って目が覚める。場所を移動しているとはいえこれほど気温差があると車中泊の寝具の選択が難しい。小雨が降り続く。ゆっくり移動し始め九州道を走ると日田市が気になり寄り道。豆田町は天領として日田代官所が置かれた城下町で古い街並みが残る。今日は大型バスで来たと思われる中国人団体が多数練り歩いていた。再び九州道を走り唐津市に入る。「道の駅厳木(きゅうらぎ)」で昼ごはん。久しぶりの「虹の松原」には13時に到着。

早々に撮影を開始。小雨が残り松の幹が黒く濡れ存在感がグッと増している。モノクロ撮影に持ってこいのコンディションで17時まで休みなく歩き回りこの松原らしさを探求続ける。前回の2023年10月とは違い、北海道から鹿児島までを巡った修行の成果はどこへ行ってもその場所らしい風景を見出す眼力が鍛えられていると信じて没頭する。明快な取捨選択、ここと思った場所での粘り、以前ならやみくもに撮影してロスも多かったなあと思えるようになっていることに気づく。

今日は玄界灘から小雨まじりの冷たい風が吹き付けどんどんと体温を奪い取られていく。気温は15℃もないのではないかと感じるぐらいに寒い。5月の九州と四国を巡るので、初夏の気候をイメージしていたために用意した服装が薄着だったため撮影の集中力を維持することが課題となった。

「虹の松原」周辺は車中泊スポットにいつも悩む。今日は旧七山村、現在の唐津市七山にある「鳴神温泉ななのゆ」の駐車場にあるRVパークと示されたスペースを試した。3,000円で電源確保と温泉無料。温泉はアルカリ性単純泉だが県内でもっとも高いアルカリ性でメタケイ酸が多く含まれ無味無職透明だがぬめり感がある。源泉は10℃。加温循環。夜間のトイレと水回りは隣接するスポーツ施設の公衆トイレ。これなら終日駐車できるスポーツ施設の駐車場でもよかったのではないかと思う。

 

5月23日 5日目 松原ネットワーク作りで意気投合

 

まだ暗い4時半に起床し虹の松原で5時半に撮影を開始。7時ごろから日差しが出てきてしまうが10時まで粘った。撮影モードに入ると時間を完全に忘れてしまい4、5時間はあっという間なのである。11時半に松原の中にある「亜呂覇」でKNNNE理事長の藤田和歌子さんと待ち合わせ。手作りハンバーグの看板がいつも気になっていたお店にようやく入った。創業50年近く店内はとてもクラシカルで落ち着いた雰囲気。JAZZが流れランチ&カフェでゆっくり過ごすことが出来た。藤田さんの課題意識を聞き全国の松原見聞による解決策の思案となった。

KANNEとは「NPO法人唐津環境防災推進機構」の愛称で、虹の松原での活動を通して、自然と人が”共生共繁”できる社会づくりを行う組織。つまり藤田さんは「虹の松原」の保全活動が専業の人なのだ。この仕組みは全国を探しても他には類例がなく、三保松原(静岡県)、気比の松原(福井県)とともに日本三大松原の一つに数えられ、日本の松原で唯一「国の特別名勝」に指定をされている「虹の松原」のプライドを感じる仕組みでもある。言ってみれば日本一の松原なのだ。

早速の会話だがまずはビジターウェルカムの姿勢として駐車場とトイレの整備に加えてビジターセンターの必要性を共有。藤田さんからは地元のボランティアさんの受け入れのためにも重要との認識。もちろんバイオマス発電への資材提供も課題であり、企業が気候変動に加え生物多様性に関心を持っていることに対応したいと藤田さんは考えていた。常に新たな情報を把握して松原保全に活かす手立てを考えている藤田さんの姿勢が素晴らしい。

前回お会いした際にも共有した全国の松原の取り組みが一体となって底上げするような手立てがないかも話し合った。藤田さんは「草原サミットシンポジウム」に注目しているとのこと。早速調べてみると「一般社団法人全国草原再生ネットワーク」が開催しており、理事は各地の主体者が構成し事務局は「NPO法人水と緑の連絡会議」の方々だった。この組成は一つのサイト(フィールド)を保全するために全国の主体者がネットワーク組織を構成し活動を主導する模範の仕組みのように思える。第三者が応援する仕組みもあるだろうし何より日々現場に向き合っている人たちが中心となって全国組織を作っているのが素晴らしい。

この組織を参考に「一般財団法人日本緑化センター」とも相談しながら動き出せないか思案することとなった。全国各地の松原保全に情熱を注ぐ人たちに数多くお会いしてきたこの撮影取材の旅の一つの成果というかアウトプットにもなるように思うのだ。現在は、この旅のことを日本緑化センターの季刊誌「グリーン・エージ」に連載しているが、これを松原ネットワーク組織のニュースレター的なものにするというのもあるかもしれない。いずれにせよこの旅が鍵を握っているという自覚をすることが必要だ。

店を出たら曇天となっていたので15時から再び撮影開始し日没前の18時に終了。明日は九州北部の方が大雨予報のため宮崎県えびの市に向かうこととして、24日エビの高原、25日吹上浜の撮影を想定。ひとまず厳木温泉「作用姫の湯」に入り癒してもらう。泉質はアルカリ性単純泉、源泉は48.5℃だ。

 

虹の松原を走る県道347号線(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

(九州・四国、心残りの場所へ再訪(2)へ続く)