松韻を聴く旅 冬の丹後・若狭・湖西をゆく(2)雪化粧の天橋立
3日目(1月25日)日本三景の天橋立
誰もが知る、いわば典型的な観光地である「天橋立」は、まずはお約束の場所で撮影したいと考えていた。それも雪化粧をした天橋立をどうしても撮りたいと考えていた。警報が出ていた雪は少し落ち着いてきたようだ。
「天橋立」には「天橋立五大観」と呼ばれるビューポイントがあり、最も目にするのが南側の文殊にある「天橋立ビューランド」からの「飛龍観」。それよりも古く本来の観光名所とされていたのが北側の府中にある「松笠公園」からの「昇龍観」または「股のぞき観(斜め一文字)」。
このほかに雪舟の国宝「天橋立図」が描かれた方角に位置する東側からの「雪舟観」、西側の「一字観公園」からの「一字観」。そして2020年に丹後国分寺跡を保存管理する「京都府立丹後郷土資料館」開館50周年を記念して、ここからの眺めを「天平観」とし「天橋立四大観」に追加された。
東西の2カ所からは「天橋立」が一文字に見えるため写真としては変化に乏しいと判断し、誰もが知り誰もが撮影している文殊と府中の2ヶ所での撮影で自分らしさを探求しようと考えた。
最初に天橋立観光の中心地でもある文殊に向かうと、どの駐車場も雪かきの真っ最中で入ることができず、これは困ったと思いつつ「天橋立ビューランド」の駐車場に行くと雪かきが済んでいる。しかも、動くかどうかわからなかったモノレールが始発の9時から運行することが今決まったと教えてもらえ時計をみるとあと5分。
一番乗りで展望台から撮影することができた。青空で日差しが差し込んだかと思いきや、重たい雪雲が対岸から覆い被さって吹雪いてきたりと、短時間で目まぐるしく天気は変化し雪化粧した「飛龍観」のさまざまな表情を捉えることができた。
予定では午後に「天橋立を守る会」会長の羽渕徹さんとお会いする約束だったのだが、時より激しく降り続く雪のため、明日の朝に変更してほしいと連絡があり今日は1日かけて「天橋立」を探求することとなった。天候を考えると撮影には大変に有り難い連絡であった。
10時半ごろから廻旋橋を渡り「天橋立」を撮影散策。全長3.6km、幅は20mから170mの砂嘴で、約7,000本の松が生い茂っている。宮津湾と阿蘇海を分けるこの巨大な砂嘴は、世屋川などから流入する砂礫が野田川の流れとぶつかり堆積し約4,000年前に海面に現れたものといわれている。
室町時代に雪舟が描いた国宝「天橋立図」では、小天橋は存在せず途中で切れているように描かれており、現在のようにつながったのは江戸時代に入ってからだといわれている。
「天橋立」の名称の由来は、「丹後風土記」にイザナギの命が天界と下界を結ぶための梯子を立てていたが、寝ている間に海に倒れそのまま陸地になったものと記されている。
「天橋立」は関係者の車の乗り入れや一般の125cc以下のバイクの乗り入れが可能。今日は車の轍はあるのだが足跡はなく、雪が意外と深く歩くのに一苦労だが無人の「天橋立」で時間を忘れて各所で探求。
雪深い松林の中にいて気づかなかったのだが、午後に入って雪がかなり解けてきたようで慌てて府中にある「松笠公園」に向かう。ここは1927(昭和2)年に開業し1951(昭和26)年に再開業した味わい深いケーブルカーで登る。
晴れ間は広がらず吹雪くことが多かったが様々な表情の「斜め一文字」を捉えることができ、当初の目的だった2ヶ所のビューポイントからの探求は終了。
府中は街並みも施設ものどかな雰囲気で、天橋立の入り口の雰囲気も文殊とは全く違い暮らしに隣接。日没前に府中の入り口周辺で撮影して本日は終了。いい終わり方だった。
さて毎日恒例の日帰り温泉、今日は近くの温泉が全て定休日で、京丹後市にある「小野小町温泉」に向かう。ホテルが運営する日帰り温泉で、泉質は弱アルカリ性単純温泉で33℃のため加熱している。今日は結構歩いて疲れ果てたので、湯船に入ると足の裏から体の芯が温まるような感じでしっかし癒してもらえた。
明日も天橋立のため、車中泊は昨夜と同様に「道の駅海の京都宮津」にする。
雪雲迫る飛龍観(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)
4日目(1月26日)天橋立は世界遺産を目指す
今日は朝から「天橋立を守る会」会長の羽渕徹さん(74歳)とお会いする約束。雪も時々降る程度で晴れ間が多くなってきた。羽渕さんにお会いする前に、昨日巡った「天橋立五大観」の「飛龍観」「昇龍観」とは違う意味で関心があった雪舟の国宝「天橋立図」が描かれた方角にある「雪舟観」へ。
まだ雪が深く階段を登るのに苦労したが、一文字となる「天橋立」を撮影するには、ここから見下ろすのではなく何らかの工夫が必要であることに気づかされた。
さて、羽渕さんは天橋立の北側、宮津市の府中にお住まい。ご自宅のすぐ近くで待ち合わせて「天橋立」を歩きながらお話を伺えた。「天橋立を守る会」は1965(昭和40)年に設立され、時代に応じた保全のあり方を検討し未来世代に良い状態の天橋立を残すことを目的としている。
例えば、景観を守ために繁茂した広葉樹を伐倒し松だけを残して見通しを良くするなどである。会長職は南側の文殊と北側の府中とで交互に選ばれている。
府中で生まれ育った羽渕さんは「天橋立」を自転車で走って対岸の文殊にある高校に通い、夏には銛を持って魚を獲りながら「天橋立」の砂浜に沿って延々と泳ぐほど泳ぎが得意だった。
「天橋立」を庭のように駆け巡った少年時代を過ごし、これからもここで生まれ育つ子どもたちにも経験をして欲しいと願って「天橋立を守る会」の先頭に立っている。
大学を卒業後は高校の社会科の先生となり、他の土地で経験を積んだあと地元に戻り母校で定年まで勤めあげた。その経験が社会や歴史を踏まえて深い視点で天橋立を捉える感性を育まれた。
「天橋立」にも様々なゆかりのある松に名前を付けた「命名松」がある。しかし、枯れたり台風に煽られたりして姿を消したものも多く、その種を育て2代目を育成している命名松もある。
もっとも長寿と言われているのが府中側に佇む「船越の松」。台風で倒れた「双龍の松」は折れた太い幹が横たえて置かれている。羽渕さんのポートレイトはここで撮影した。
「天橋立」が存在するから多くの文人墨客が集い作品を残し、その中で貝原益軒が「己巳紀行」で「日本三景」と表現するなど、より多くの観光客を誘引してきた。
古くは丹後国分寺跡があり戦国時代になって町の中心が文殊に移っていったという長く深い歴史が今に伝わる。それだけに地元の有識者からは「天橋立とその周辺を世界文化遺産に」という動きがあり、「天橋立を守る会」も連携しているのだ。
そういえば、2年ほど前の「ブラタモリ」で「なぜ人々は天橋立を目指す?」と題して、北側の府中と南側の文殊についてわかりやすく解き明かしていたと記憶しているが羽渕さんも協力されたそうだ。
短時間であったが濃厚な会話をしていただけたのは、「天橋立」の本当の魅力を多くの人に伝えてもらいたいとの熱い気持ちから丁寧な対応をいただいたのであった。
松のある風景という観点からではあるが、微力ながらお手伝いをすることが、この撮影取材「松韻を聴く旅」の目的のため頑張りますとお応えした次第である。
羽渕さんと別れたあと、朝の「雪舟観」での学びを活かしてみたいと考え丹後国分寺跡に向かってみると、「天平観」に近い生活道からの眺望が気になり探求。吹雪いた後のかすみ具合によって「天橋立」の見え方が変わるのが興味深い。
羽渕さんの話から、世界文化遺産の大切なポイントとなる場所だと感じたのが宮津市の中心部にある「カトリック宮津教会」だったので行ってみた。そう感じる場所には必ずと言って良いほど松があるのだがやはりある。それも天主堂の横に佇むシンボルツリーだ。13時半から内部が見学可能とは知らず、それより早く着いたのだが「どうぞ」と鍵をあけていただき見学。
宮大工や船大工の手によって明治29年に和洋折衷のロマネスク式で建てられた天主堂で、ずっと曇天だったのに建物に入ったら床の畳にステンドガラスの鮮やかな色が差し込む。しばらく光の変化を楽しんで外に出ると青空に雲が泳ぐ。外観の撮影は大丈夫とのことでしばし探求していると再び曇天となり雪が降り始める。
今もミサが捧げられる現役の天主堂としては日本最古とされている。教会の男性と女性の方にとても親切に対応いただき、撮影も見学も心地よい時間を過ごさせていただいた。
さて明日は北琵琶湖なので向おうとすると舞鶴若狭道が積雪のため通行止め。海沿いの国道178号から国道27号へとのんびり走り、気になる風景で車を止めては撮影していると、大事な目的地の一つであった福井県大飯郡高浜町の城山公園にある「明鏡洞」に立ち寄ることをすっかり失念していることに気づく。
幸いにも途中に立地していることがわかりホッとして向かったが日没に間に合うかどうか。しかし、こういうパターンで間に合わなかったことが不思議とないので、夕暮れの光で撮影することを念頭に向かってみたら、やはり間に合い日没までには時間が残っていた。
「明鏡洞」は、若狭湾エリアで特徴的な松がある風景をネット検索で探して見つけた。若狭高浜周辺は大学生の頃に海水浴に来ていた馴染みのある場所だったが、城山公園は全く把握していなかったので新鮮な気持ちで向かい探求できたのだった。
国道303号の若狭街道(鯖街道)で琵琶湖に向かい恒例の日帰り温泉は「天然温泉比良とぴあ」。地元の人が途切れなくやってくる温泉で、泉質は低張性弱アルカリ性低温泉で肌がすべすべ。撮影で冷えた体を癒してもらった。
車中泊は湖西の幹線道路である国道161号沿いの「道の駅藤樹の里あどがわ」。駐車場が広いだけでなくローソンがあってビックリ。金曜の夜でもありスキーなのか車中泊が意外と多く出入りも頻繁にあり賑やかだが、真冬の車中泊には心強い場所である。
カトリック宮津協会の天主堂と松(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)
(冬の丹後・若狭・湖西をゆく(3)懐かしい景観が守られている湖西へ続く)