(初夏の東北へ(3)茨城県の大砂丘へ至るより続く)

 

16日目 5月25日 ペルージャの松ぼっくり、浄土松の本来の姿

 

今日は先日訪ねた画家の毛利元郎さんのご自宅へ再訪。毛利家はこの地に幕末の頃に住み始めたそうで、築200年の寺子屋のような建物があり歴史を刻んだ門から入る。その門の傍に樹齢を重ねた「門松」が佇んでいたのを思い出し、「日本の暮らしと松」の貴重な1シーンとして門と「門松」を背景にご夫婦を撮影したいと考えたのだ。そして今日も毛利ご夫妻とリビングで芸術談義に花を咲かせて大いに刺激をいただく。

毛利さんが描くペルージャの風景や街並みや建物は独特の深みがあるのだが、そのものを描きたいのではなく自分が感じたことを描き込んでいるという。そしてどのタイミングで筆を止めるのかが重要で描き込み過ぎても良くないという。毛利さんが感じた光や風。記憶に定着されているその空気感を呼び戻す手法として絵筆を握っている。自分の手先で筆を塗り重ね再現していく作業。その作業そのものが豊かな時間として流れているように感じる。そして、その作品の最後の仕上げともいうべき額装は、奥さんの玲さんが製作をするのだ。深く思いを塗り込めた絵画が、さらに深みを増す調和、ハーモニーを奏でる競作。とても重厚感があり静かで良い時間が流れているように感じる。それがこの家から生み出されている。

改めてその額装された作品を見ると、自分がいいなと感じたのがその空気感であったことが確認できる。写真の場合は、機械任せでその瞬間にその世界を取り込むが、フィルムの場合は暗室ワークで、デジタルの場合はデスクワークで、自分が感じた空気感を再現しようとする。さらにフィルムやデータを見ているうちに、撮影時に気づかなかったものも見えてくる。なぜその光景にレンズを向けたのか新たな解釈も生まれてくる。当然ながら絵画の方が多くの技術を修練する必要があり似て非なるものだが気持ちは理解できる。同世代ということも手伝って深く共感できる会話が続く。何度も押しかけてダイニングルームで美味しいコーヒーやお菓子をいただいてしまった。お詫びをすると、玲さんが対話が楽しいから遠慮なく何度でもきてくださいと、優しく言ってくださる。玲さんはペルージャの松ぼっくりなどを持ち帰っていてテーブルに広げてくれた。瓶詰めにされたものもある。異国の空気感を閉じ込めている。毛利さんに是非ともペルージャの松ぼっくりを描いてもらいたいと思った。

続いて向かったのはこれも先日伺った郡山市の「浄土松公園」。ここを案内くださった多田野本神社の安藤道啓宮司にお会いして再撮影。あくまでもその時の天候と人物を素直に撮ることを信条として、巡り合わせの条件を受け入れて撮影してきたのだが、先日はあまりに日差しが強く思った以上に影が濃く厳しい結果だったので安藤さんに連絡した次第。それと安藤さんの話がとても興味深かったのでもう一度話を聞きたいというのもあった。加えて同世代だからか話がしやすい。「浄土松公園」のすぐ近くにある「郡山市立逢瀬公民館」に古い「浄土松」の写真があると教えていただき立ち寄った。安藤さんは今年の3月までここの館長さんだったのだ。戦時中の集合写真が「浄土松」で撮影されている。そんなに古くない「浄土松」の大きなカラー写真も壁に掲げてあった。いずれも岩と松だけが写っている。松以外の植物が目立たないのだ。今は自然遷移に任せているのか広葉樹が成長して松を取り囲むように繁茂している。岩からも広葉樹が生えているのだ。幕藩時代の二本松のお殿様丹羽光重が足繁く通ったのは「陸の松島」と讃えた”岩と松”の景観だったのだ。郡山市の公園管理に携わる人たちにも、それらの写真を改めて見てもらいその景観を維持する方針を検討して欲しいと願う。そして改めて「浄土松」を撮りたい。

逢瀬町から猪苗代湖までトンネルを抜けて30分ほどだったので、以前撮影した「白津のからかさ松」を再撮影したく向かった。推定樹齢450年で幹回りは4m近く。磐梯山を背景にしてとても存在感がある松を表現したい。ここもまた季節を変えて再訪したい。

恒例の日帰り温泉は土湯温泉の川上温泉。土湯温泉街の最も奥に位置する手掘りの岩窟風呂もある温泉宿。土湯温泉では最も古く江戸時代に創業したそうだ。泉質は低アルカリ単純泉、源泉は60℃前後で掛け流し。内湯と岩窟風呂の両方に入り肌はスベスベになった。

 

多田野本神社の安藤道啓宮司(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

17日目 5月26日 終日巨樹探訪

 

今日は日曜でもあり混雑するので猪苗代湖周辺でのんびり休養しようと思ったのだが、巨樹を巡るのに混雑はないので結果的に5本の巨樹を訪ねた。

土湯街道(国道115号線)から猪苗代町の中沢温泉郷に入りさらに山中に向かうと「達沢原生林のアカマツ」が佇んでいる。推定樹齢は不明で幹回りは4.5mと全国でも指折りのアカマツの巨樹だ。周辺には他の樹種の巨樹も佇む重厚な原生林だった。しかし新緑に覆われアカマツの姿を全て見ることができず、今ならではの撮影を試みたが冬枯れの季節に再訪を考たい。

土湯街道に戻り少し猪苗代湖に向かうと旧街道に分かれる。その旧街道の良い佇まいに「大原観音の松」が立っている。一度撮影をしたが納得できていなかったので再撮影。推定樹齢は300年、幹回りは4.2mとこちらも大きなアカマツだ。撮影していたら、隣地の女性が話しかけてくれた。地域でも自慢のアカマツだという。自分の敷地の境界線にびっしりと並ぶ杉を少し間伐したが、危なくてこれ以上は伐れないという。実は、杉がなくなるとスッキリとアカマツの樹形が浮かび素敵な旧街道の景観になると思われるのだが、さすがに口に出すことははばかれた。

猪苗代湖に出て昨日も撮影した「白津のからかさ松」が、午前中の光はどんな感じなのか念のため立ち寄ったが昨日の夕方の光の方が良いことがわかった。あまりにも爽やかな気候なので、しばらく「道の駅猪苗代」に車を停めて締め切りが迫る原稿執筆と昼寝。磐梯山を眺めながらゆっくりできた。一気に宮城県へ北上する。

やはり先日撮影した推定樹齢1000年と言われている東松島市の「月観の松」だ。幹回りは4.2m。全国でも田んぼに姿を映す松の巨樹はそんなになく貴重な存在でいろんな天候条件で撮影をしておきたい。夕暮れは野蒜海岸の松を見てみようと国道45号線で先を急ぐと、金色に輝く麦畑の中に松の巨樹が見えてきた。これは日頃から活用しているWebサイト「全国巨樹探訪記」のリストに入っておらず偶然の出会い。

石柱に「笠松」と書かれており住所はなんと「東松島市矢本笠松」。地名になるほどの松なのだ。この周辺は津波浸水エリアだが何事もなかったかのように佇んでいる。石柱に文章も刻まれているが解読できず、ネットで調べてみると、「寛文年間(1661-1672)矢本の新田開発で整備された石巻街道~鹿妻矢本間には両側に松並木があった。往時の面影を残すのがこの笠松。藩政時代の松並木は明治13年仙台・石巻間の拡張工事や昭和13年の機構上飛行場建設、昭和45年の耕地整備により伐採され、笠松のみが残った。」とあったので、推定樹齢は350年ほどだろうか。思いがけず1日で5本の巨樹に会うことができた。

さて恒例の日帰り温泉は松島の「芭蕉の湯」へ。泉質は低張性中性冷鉱泉、低温のため加温。今日は日差しは強かったが、風が冷たく意外と体が冷えたので芯から温めてもらった。

 

大原観音の松(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

18日目 5月27日 友と大谷海岸で語らう

 

朝、日差しがある時間に東松島市で少し撮影。雨足が強まってから気仙沼大島へ向かうと雨は降っておらず気持ちのいい天気。

東日本大震災直後に東北大学の生態学の教授陣を中心に市民団体や環境省も参画した「海と田んぼからのグリーン復興プロジェクト」。この事務局運営にボランティアで関わった。毎回、沿岸各地から活動を開始した人、志す人、支援をしたい人、している人、様々な関係者が集まり報告をし合ったり、実際に現地に足を運び会議を開き、考え、アイデアを出し、行動に移したりと多くの学び、また多くの知人友人を得る機会となった。その流れで環境省が取り組む「みちのく潮風トレイル」の誕生も間近で見てきた。

このプロジェクトに北海道から足を運んでくれたのが鈴木玲さんだった。「北の里浜ハマヒルガオネット」を立ち上げ、防潮堤建設で揺れる各地に足を運び、失われるかもしれない海浜植物の種を地域の人と集め、その苗を北海道に持ち帰り育てた。そして、地域の人、特に地域の子ども達と、巨大防潮堤が自ずと砂に覆われることも想定して、それぞれ地域に植えて育てる活動を続けている。

その鈴木玲、ここからはあえて呼び捨てにさせてもらうが、たまたまこのタイミングで気仙沼に来ているというので5年ぶりに再会する。同い年ということもあり、会議の場で、視察した場で、お互いの人生も夜な夜な語り合った。鈴木玲の特技の全てを知るわけではないが、とても大切な友人なのだ。今日は彼のフィールドの一つである大谷海岸でお互いの近況報告。海浜植物は海岸林に欠かせない支え合う存在でもあるなので、松にゆかりがあるということで砂浜でポートレイトを撮影。長い旅の中で心休まる1日となった。

恒例の日帰り温泉は、今回の旅の2日目に入った気仙沼市にある「ほっこり湯」へ。光明石という鉱石を水に浸して溶け出す水溶性ミネラル分による人工温泉。閉店間際に駆け込んだので空いていてのんびりと温まった。

 

鈴木玲氏、大谷海岸にて(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

19日目,20日目 5月28日-29日 旅の最後は雨の松島で語らう夜

 

旅の最後は、再びパートナーの石本めぐみと気仙沼で合流。あまりよく分からずに迎えに行ったのだが、気仙沼市産業振興課の肝煎りの施設でもある気仙沼大島にある「大島アスナロ荘」で研修を行っているようだ。少し時間に余裕があったので近くにある小田の浜に立ち寄る。ここも甚大な津波被害を受けた浜。すぐ沖には小前見島が浮かび松が印象的な場所でもあった。これは改めて撮影を考えたい場所だ。

気仙沼市内の内湾にある「生鮮館やまひろ」で初がつおを買って松島へ向かう。今夜は松島の波打ち際に建つ素敵なお宅にお邪魔して魅力的な方々と合流。恒例の日帰り温泉には欠かさず行きたくて4月の旅でも行った「松島湯ノ原温泉」へ。古い建物で大きな梁のある浴室はやはり雰囲気がとても良い。冷鉱泉で加温してるがお湯は肌に柔らかく癒してもらった。波打ち際のお宅に戻って、松島のシルエットを眺めながら大いに語り合う楽しい夜を過ごした。翌朝には雨も上がり少し建物の前を散策してから一気に帰路に。茅ヶ崎の自宅には夕方到着。

今回の「松韻を聴く旅」は、20日間で青森県・岩手県・宮城県・福島県・茨城県を巡り走行距離は4,513km。去年の7月から走り始めて38,000kmを超えた。もちろん国内の森林吸収クレジットでカーボンオフセットする。その森林は南三陸町のFSC認証林でありフォレストック認証林だ。つまり持ち主が明らかで、管理状態も明らかなのだ。ちゃんと未来にコミットできていることが大事なのだ。グリーンウォッシュは気づかずして犯してしまっている場合が非常に多いはずだ。このクレジットは大丈夫だと考えて、クレジットを取り扱う会社「グリーンプラス」の飯田泰介くんに、この物件を指定したら引っ張ってくれた。さすがである。

つくづくと移動することが好きだと思う。今のところ、常に迷いながらも前進すると何事も好転し、巡り合わせが噛み合うというか、出会う人すべての人と心地良く過ごせて、やはり前進して良かったと振り返ることになる。当たり前すぎる話だが、車の運転が好きなのはどれだけ迷っていても常に前進あるのみ。運転しているときは人生の時間を無駄に使うことがないと思えるのだ。その先々には必ず風景と人との出会いが待っている。その出会いで成長していくことを実感する。その成果が写真作品として残っていく、はずだ(笑)。ポジティブで過ごせるから、こんな旅が好きなんだろうとぼんやり思う。人生は旅であり、旅は人生なのだ。

今回は岩手県の盛岡市、普代村、釜石市根浜、宮城県の南三陸町戸倉、小泉海岸、大谷海岸、福島県の相馬市松川浦、富岡町、郡山市浄土松、茨城県の北茨城市、東海村、神栖市、と12ヶ所で松となんらかの関わりのある人々への取材や旧友再会もあり充実した日々となった。20日間と日数が多かったので風景の撮影場所も多く、撮影データの整理やブログなど慌ただしく一気に作業を進めた。日記のようなメモのようなFacebookやInstagramの連日の書き込みにお付き合いいただいた皆様に感謝。

 

浄土の風景、松島(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

(紀伊半島をゆく(1)紀州藩の松へ続く)