松韻を聴く旅 晩夏の東北
8月26日 東北道を北上
2023年7月からほぼ2年で全国を一巡して、その土地らしい松が作りだす景観をベストシーズンで捉えていくというレベルがようやく見えてきた。しかしその土地らしい松が作りだす景観を見抜けない場所もまだあるし、ベストシーズンがいつなのか特定出来な場所もまだある。場所によっては偶然の出会い頭の1枚がベストショットになる場合もあるし、何度足を運んでも撮れない場所もあるのだ。
種差海岸は松の名所としても指折りではないかと考えているのだが未だ撮れていない場所の一つだ。東北の太平洋側は積雪量が少ないが積雪を見てみたい。本来なら7月のやませを狙いたい。この季節なら南方面なのだが、四国・九州・沖縄はひと段落ついたので、兎にも角にも探究心を満たすために湿潤な空気感を期待して晩夏の種差海岸に向かうことにした。8月下旬ともなればこの地球沸騰化でも、青森では夜は過ごしやすいのではと期待もした。
東北道を北上し、子どもの頃に家族で来た鳴子温泉に久しぶりに立ち寄ってみた。夕暮れ迫り小雨が降っていたがまずまずの涼しさ。駅前の駐車場は17時以降は無料。歩いて公衆浴場「滝の湯」に向かう。温泉街は硫黄の匂いが漂い、コケシのお土産物屋さんはガラス戸を開け放っているので店の中まで匂いが漂う。滝の湯は空いていてゆっくり過ごせた。泉質は、含硫黄・ナトリウム・アルミニウム・カルシウム・鉄-硫酸塩泉 低張性酸性高温泉。温度は第1浴槽44℃~46℃/第2浴槽39℃~41℃。できるだけ種差海岸に近づいて車中泊をするため再び東北道に戻り北上を続け折爪SAで力尽きる。
種差海岸の構成要素は「天然芝と松」「淀の松原」「東山魁夷のモチーフ」と考えている。いつものように構成要素の歴史的背景を踏まえてみる。そうすることで松が作りだす景観の意味を理解し、その土地らしい捉え方を思案できるからだ。
種差海岸がある青森県の南部は古くから馬の産地。この周辺は、永正年間(1504-1520)の記録には家畜の放牧や牧草の採取のための野原が広がり、9000匹の馬がいる最大の牧場だったようだ。江戸時代には八戸藩の二大牧場の一つとして「妙野の牧」と呼ばれていた。放牧は1965年ごろまで続き、馬が地面を踏み締め、草を食むことで芝生が維持されてきていた。そのような放牧地だった一部に大正時代(1912-1926)に地元の青年団が強い潮風から暮らしを守るためクロマツを約1万本植樹した。多くの木が樹齢100年を数えるこの松原を「淀の松原」と呼んでいる。天然芝地にもクロマツが点在するがその時のものではないかと推察される。天然芝や松が佇む景観はこのような地域性から生まれたものだった。
これらの景観は多くの文人墨客を魅了してきた。鳥瞰図画家の吉田初三郎(1884-1955) は種差海岸を一望する地にアトリエ兼別荘を構え創作活動の拠点とし、詩人の佐藤春夫(1892-1964)は詩「美しき海べ」で「思いのままになるのならあの松原のはずれのあたりにせめて春から夏の末ぐらいまで住んでみたいような空想までした。」と書き残し、画家の東山魁夷(1908~1999)は、中須賀海岸でのスケッチから『道』を描き出し、司馬遼太郎(1923~1996)は種差海岸を「他の星からの訪問者を一番先に案内したい海岸」と言った。
種差海岸 参考サイト

淀の松原から海を望む(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)
8月27日 種差海岸
3時半に起床し種差海岸には夜明け前の4時半に到着。天然芝と松の構図と淀の松原での構図を求め7時半まで。車を移動させて東山魁夷の「道」のモチーフとなった中須賀海岸で構図を求める。このところアスペクト比を変えて撮影することが増えている。松を被写体にすると横長の景観をどう表現するか迫られることがほとんどだ。あえてこれまではそれをスクエアで切り抜こうと集中力を高めていたのだが、松が構成する景観の魅力を素直に表現することも大切にしたいと考えるようになった。今回の収穫は「天然芝と松」「淀の松原」「東山魁夷のモチーフ」のいずれもで手応えのあるアングルが見えてきた。あとはベストシーズンの探究である。
この撮影旅の作品は、”松が作りだすのは文化的景観”ということを腹落ちしてもらうことを目指している。さらにモノクロでの探究である。場所によっては松の幹や葉を浮き上がらせる季節が望ましい。もちろん入道雲が出る季節が望ましい場所もある。これを体一つでこなすのには限界があり多くを諦めエリアを絞らねばならない。
ビジターセンターで文化人の情報を得てから南下して県境で岩手県側にある洋野町有家駅に向かう。海に向かう踏切のロケーションが気に入っている。初めて訪れたのは2019年の5月で、その時は幼樹だった松が段々と成長してきておりあと数年で松林越しに海が見える踏切になるだろう。それが楽しみだ。夕暮れの種差海岸に戻りアングル確認。今日は熊ノ沢温泉。ナトリウム塩化・炭酸水素塩(低張性弱アルカリ性低温泉)で地下800mの古樹の湯源泉かけ流しがうたい文句だ。源泉26.7℃で加温。
8月28日 八幡平市に点在するアカマツ
この日も朝から種差海岸でアングルを探求。太陽が上がりきってからは天然芝生地で寝転がって涼しい風に吹かれ昼ごはんも食す贅沢な時間を過ごした。ここを眺める土地に別荘を建てた吉田初三郎を羨ましく思うのだった。午後から二戸市上斗米にある「川原の三本松」に会いにいく。が、見当たらない。周辺には案内看板もあり経度緯度は間違いないのだが松がない。人影もなく確認のしようがないが松枯れで伐採されたのだろう。推定樹齢は不明なれど幹周りは3.7mほどある目立つアカマツだったようなのだ。
次に農業風景にアカマツが点在する八幡平市に向かって新しい景観の開拓を試みる。なだらかな斜面にサイロが立ち背景の稜線はアカマツが並ぶ風景や、谷あいの農業地に千手赤松の看板が掲げられたいわゆるウツクシマツ樹形のアカマツを見つける。八幡平市帷子(カタビラ)の丘の上のアカマツも含めいずれも雪化粧の季節に再訪する。今日はお気に入りの八幡平温泉館「森乃湯」。単純硫黄温泉で源泉は90℃。掛け流しとの記述もあるが不明。しかし硫黄臭が強く白濁したお湯は癒し効果抜群。夜のうちに種差海岸に戻る。

千手赤松(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)
8月29日 淀の松原
4時半起きですぐに淀の松原で撮影開始。見つけてあるアングルの探求をするがこの土地ならではの被写体は白岩ではないかと考えアングルを探求。7時に撮影終了。撮影旅モードはここまで。あとは山形博物館の縄文の女神に会いにいくパートナーとの旅行モードに切り替える。