松韻を聴く旅 長野で松茸収穫
1日目 10月11日 朝から5時間で4カゴ満杯の松茸
長野県の松茸名人である藤原儀兵衛さんから連絡があり朝から撮影となったため前夜のうちに長野に入る。
8時半にご自宅に伺い、儀兵衛さん運転の4WD軽バンで山に入る。すると、ぬかるむ林道をワイルドに走り抜け、赤松林の急斜面を地下足袋で駆けるように登り降りし、松葉の絨毯の下から松茸を難なく探し当てる。儀兵衛さんは60年を超える松茸との向き合いで得た知見を国内のみならず韓国や台湾にまで惜しみなく指導するために足を運んでいる。2011年には一般社団法人全国林業改良普及協会から「藤原儀兵衛 マツタケ山づくりのすべて 生産技術全公開」を出版し、その手の内の全てを明かしているのだ。
赤松山の急斜面で、道なき道を歩き松葉をかき分けながら説明をしてもらえたのだが、印象深かったのが「ケロウジ対策」だった。松茸が生える環境には必ず「ケロウジ(毛老人)」も生える。「松茸」を育む「シロ」も「ケロウジ」も赤松と共生する菌根菌。しかし「ケロウジ」は「松茸」のライバルというか天敵で、「ケロウジ」が土中で繁殖すると「松茸」は取れなくなる。芝かきをして「ケロウジ」をしっかり剥ぎ取ると3年から5年、早ければ翌年には「シロ」が繁殖し「松茸」が出てくるという。
なんとも贅沢な時間。実際に山を縦横に移動し地面をめくりながら講義を受けている状態だ。それと、通常は若い赤松しか「松茸」は出てこないと言われているが、樹齢60年を過ぎた赤松でも小指ほどの根を切ると「シロ」が繁殖し「松茸」がしっかり出てくるという話も印象深い。今日も推定樹齢100年の赤松の根元から大きな傘の松茸がしっかりと出てきていた。
それにしても「ケロウジ」の広がりは凄まじくあちこちで目にする。しかし、この儀兵衛さんの山では「ケロウジ対策」をしっかり施しているので、「松茸」もあちこちから頭を出しているのだ。2時間ほどで背中に背負うカゴで2杯分は満杯となった。良い感じの松茸が出ていると抜く前に、「こんな感じで良いか?」と言ってポーズを決めてくださる。マンツーマンでこんな撮影ができるとは思っていなかっただけに感激であるが、あまりにも目まぐるしく息つく暇もないのだ。儀兵衛さんは昼ごはんは食べないので、水分補給の休憩を挟んで5時間ほどで4カゴ満杯となって山を降りた。生まれて初めて松茸の収穫を目の当たりにしたのはとんでもないインパクトだった。
儀兵衛さんは、山から戻って休む間もなく日没まで選別と箱詰め作業を行う。恐るべし86歳。その間も頻繁に注文の電話が鳴り奥様が対応に追われているのだが、何も食べていないでしょうとお餅を焼いて出してくださった。しかし儀兵衛さんは何も食べずに作業をしている。結局、箱詰め作業が終わるまでお邪魔してというか、途中で抜けられるような空気感ではなく、お餅もようやく口に運ぶことができ一日お世話になって失礼した。
恒例の日帰り温泉「信州高遠温泉さくらの湯」へ。泉質はアルカリ性単純温泉、源泉27.8℃、加熱循環で巣が、ぬるぬる感とスベスベ感でいいお湯。湯上がり気分よく脱衣所で涼んでいると目の前に儀兵衛さん。お互いびっくり。ここへは頻繁に通われているとのこと。「またお会いできるのを楽しみにしています」と言ってもらえて嬉しさ倍増の温泉だった。
藤原儀兵衛さん(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)
2日目 10月12日 安曇野にある山口家の門
伊那市郊外で車中泊。用意していた寝具では夜中にあまりに寒く目が覚めff ヒーターをつけた。外は10℃を下回っていた。
今朝は安曇野市へ北上。安曇野市役所の友人がFacebookにアップしていて気になっていた「大庄屋山口家」。江戸時代にこの周辺を統括する大庄屋という役職を務めた山口家には松本藩主もたびたび逗留。1680年代に作られた庭と元禄年間に建てられた母屋が長野県の名勝に指定されているのだが、気になっていたのは門の両側にある松の形をした窓とその前に佇む枝垂れ松である。
このようなデザインの門は見たことがなく「松韻を聴く旅」には欠かせない被写体である。ご当主は山仕事に出かけて不在だったが奥様とお話ができた。母屋の玄関前にも松による門構えがあるのだが、数年前に樹齢300年ほどの松が枯れてこれは2代目。またこの山口家は早逝の日本画家である山口蒼輪の生家でもある。とても刺激を受ける場所であり、松を大事にされているのが何より素敵だった。
せっかく安曇野市まで来ているので、3月の旅で取材し2024年度の「SDGs自治体モデル事業」にも選定された里山再生計画「さとぷろ。」の中心人物である佐藤明利さんとお蕎麦ランチ&安曇野らしいカフェでコーヒー&ケーキセット。とても素敵なカフェだったので憩いの時間となった。
次の撮影ポイントは鳥取県のため、とりあえず行けるところまで行こうと考え中央高速を走り出したら、飯田あたりで工事渋滞がありペースダウン。恒例の日帰り温泉はこの時間で間に合う場所を探し岐阜県の池田温泉。道の駅に併設されたスーパー銭湯だが、泉質はアルカリ性単純温泉でぬめり感があり肌がスベスベ。源泉は29.7℃で加温濾過で、昨日の松茸撮影で駆使した足腰をしっかり温めて癒してもらった。今夜の外気温は15℃程度で眠れそう。
大庄屋山口家の門と松(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)