(2年目の雪の東北(1)より続く)

 

12月18日 4日目 38年ぶりの龍飛

 

十三湖の北にある五所川原市相内の町並みは屏風山のクロマツに囲まれた風景。ポイントになる場所を探し撮影。十三湖の湖畔を走ると屏風山の黒松に圧倒される。見渡す限りクロマツの単一林が広がるだけでなく林内が明るいのだ。気候があっているから自然遷移が進まないのか。見回りながら考えたのは、日本では多分ここでしかみることができない圧倒的なクロマツの単一林を絵にするにはどのような構図なのか。ひとつはクロマツに守られた暮らしを、もうひとつは海から見た長大なクロマツの帯。この2点を念頭に撮影したいと考えた。目まぐるしく変化する天気に従い場所を選び撮影を続けた。

竜飛に向かう途中に義経寺がある。三厩という地名の由来となった場所とある。

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義経は泰衡の計らいでさらに北へ逃げ、蝦夷地を目指したという。しかし、津軽半島北端のこの地へたどり着くと、津軽海峡は吹き荒れる風と荒れ狂う波のため、海辺の大岩の上で三日三晩、日頃信仰する観世音に渡海の祈願。すると白髪の老人が現れ三頭の馬を授け、無事蝦夷の地に渡ることができた。この三頭の馬がつながれていた大岩を厩石と呼ぶようになり、この地を三馬屋(みうまや)、さらに三厩と呼ぶようになった。

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この大岩には大きなクロマツがあったようだが今はなかった。

午後は38年ぶりの竜飛崎に向かう。就職した1986年のGWにバイクで雨の中を霧に霞む竜飛灯台まで来たのだった。野宿旅のため宿泊の手配をしていなかったので、日没後に崖下にひしめくように並ぶ家屋の中に商店を一軒見つけ、すがるような思いでこのあたりで宿はありませんか?と店にいたお爺さんに聞いた。すると津軽弁で何か話してくれるのだが全く聞き取れない。店の奥から若い女性が出てきて標準語で、この先の高台に竜飛ホテルがあるから行ってみるといいと言っていますよ。確かにこの辺りでは他にないかもしれませんと教えてもらった。ホテルに行ってみると、複数の女性の従業員の方が、ずぶ濡れのレインコートでヨレヨレになって飛び込んできた客を心配してくれて、宿泊客の食事は出した後だったが部屋を用意してくれて食事も残り物だけどと出してもらえた。美味しくてとてもボリュームもあって食べきれなかったことを思い出す。布団に潜り込むと夜通し灯台の霧笛が響いていた。本州最北の地の厳しさが身に染みる夜だった。

今日はクリアな天気なので、その竜飛ホテルを灯台から見下ろすことができることを初めて知った。懐かしさが込み上げてくる。次に探したくなったのはホテルを教えてくれた商店である。まず突端にある竜飛漁港に行くと雰囲気が違い、少し南に行くと外ヶ浜町三厩梹榔という集落があり、当時はなかったと思うのだが、海側にバイパスが走るので崖を背景に集落を撮影できる。バイパスの海側にも漁港があり岩の上に松が佇む。撮影したあと家並みを抜ける旧道を走ってみた。日没間際の時間となり、あの頃の感覚に戻るような雰囲気の中できっとこの店だと思える店があった。「矢沢商店」と書かれていた。店に入ろうとしたがためらってしまった。もし違っても良い。きっとここだったのだと思い込むことにして、思い出を大切にしようと考え眺めるだけにした。

日帰り温泉は平舘にある「湯の沢温泉ちゃぽらっと」に辿り着く。しかし、なんと冬場は1時間早く終わるようであかりが消えていた。久々の空振りである。

ほかに温泉は付近になく道の駅たいらだてでのんびり過ごす。

 

義経寺から厩石を見下ろす(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

12月19日 5日目 去年と同じ日に平舘へ

 

平舘は、樹齢300年以上の巨樹が何本も佇む松前街道と樹齢200年の松が佇む台場が見事な場所。津軽半島最北の松の名所である。去年の同じ日にもりこねの木村公樹さんと来て、木村さんオススメの「ペンションだいば」でランチを食べていたら松について書かれたカードが壁に貼ってあったので、これを書いたのはどなたですか?とオーダーを取ってくれた女性に聞いたら私ですとの返事。その女性、對馬希里子ちゃんに長寿の松と夫婦松を案内してもらったのだった。

今日は希里子ちゃんと連絡を取り合い、夜明けから9時ごろまで撮影してからお店に行った。するとまた別の松を案内したいと言ってくれるので一緒に行くと、名前はないようだが推定樹齢500年近いのではないかと思える巨樹が佇んでいた。地面から太い幹が立ち上がり背の高さあたりで3本に分かれるいわゆる三頭木である。希里子ちゃんが老松によって雪の積もり方が違うという。もしかしたら元気な松は幹の温度が高いために雪が溶けやすく、疲れた松は幹の温度が低いために雪が溶けにくいのではないかと思うというのだ。雪国に生きる人らしい視点だと感じ、科学的に立証されているといいなと思う。もし立証されていなくても大切にしたい物語だ。

それにしても、やはり青森は松にとっては楽園のような状態だ。自らの寿命が来るまで病に侵されることなく生きていける場所なのだ。その中でもここ平舘の松並街道は宝庫のような場所でもっとゆっくり過ごしたい。お店に戻って早めのランチを食す。

撮影中に電話のやり取りができ明日は岩手の谷地林業に伺えることになったので、今日中に近くまで移動することにして松前街道を南下する。昨年立ち寄った「昇竜の松」はかなり弱っている様子だったのだが、今年も変わらない佇まいで生きていた。ホッとする。昨年はひたすら迫って撮影をしていたので、今回は松前街道の風景の中に佇んでいる様子を絵にしたくて周辺の風景まで視界を広げて撮った。

日帰り温泉は十和田市にある「せせらぎ温泉」に辿り着けた。泉質はナトリウム塩化物泉、源泉は46.9℃の掛け流し。少し塩味が嬉しい温泉で癒された。

道の駅さんのへを頼る。

 

長寿の松(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

12月20日 6日目 南部赤松の故郷

 

夜明けとともに移動し青森の三戸郡南部町にある法光寺の千本松に向かう。赤松の並木で日本の名松百選に指定されている。朝日が差し込み地面は雪で白くコモ巻きをした姿が似合っている。青森県のウェブサイトには、延宝4(1676)年、法光寺12代住職らが427本のアカマツを植えたのが今の松並木の由来となっているので、当時の松が残っているのかは不明だと思われ、入り口にある大きな切り株のものは当時のものと思われた。

次に今年5月14日にも訪れた八戸市南郷の黒坂のアカマツ(山の神)の雪化粧を確認するため向かうと、農道に沿う南郷地区の丘陵にアカマツ林が絵になっていた。南部アカマツの産地の真髄とでもいうのだろうか。

約束の時間10時半に岩手県の久慈市の山中にある谷地林業に着く。場所は内陸の九戸村から山に入るか、海沿いの久慈市から山に入っていくか、南部アカマツの故郷のような山中にあり、酪農と林産業に支えられた集落の中心部にある。さっそく和田範美取締役が対応くださる。谷地林業の歴史、現在のビジネスのあり方など持続可能な社会へ確実に歩んでいく熱い決意を聞かせていただく。大正5年にナラ材を資源とした木炭で起業。現在は木炭製造事業部として谷地林業のシンボル的ポジションとなっている。その後、南部アカマツをはじめ広葉樹を建材資材とした森林整備事業部、木質チップ製造部、近年は和田さんが専門領域とする建築事業部と事業拡大し、従業員は80名となっている。特に建築事業部は公共事業の受託が中心となっているようだが、寿命を迎えている橋や上下水道などの様々なインフラ整備の需要は途切れないだろう。

事業の起点でありシンボルである木炭は高水準の技術が伝承されており、平成30(2018)年度の農林水産祭では、木炭製造部門の責任者で窯長である谷地司さんが内閣総理大臣賞を受賞。林野庁のウェブサイトによると、木炭製造部門のスタッフ6名と製炭釜7基を使用して年間約80回の製炭で90トンを生産。岩手県木炭品評会において連続6回の最優秀賞を受賞するなどその技術の高さは多くの人が認めるもの。大量生産が可能な「岩手大量釜」を使用し、重くて硬く火持ちの良い高品質の岩手木炭を生産。その高い製炭技術は岩手木炭のブランド化に大きな役割を果たしており、製炭技術を若い世代に引き継ぐため、製炭技士として木炭生産の普及教育活動にも精力的に取り組んでいるとある。

和田さんのお気遣いで森林整備事業部の現場に案内してもらう。ちょうど昼メシ時だったので、和田さんと平庭山荘に向かい単角牛のステーキをご馳走になってしまった。とても食べやすくお腹にもたれず美味しい。この周辺は昭和のリゾート開発時に植えた白樺が高齢化して倒木の心配もあるため整備の必要があるらしい。春の撮影の際にこの周辺を走った記憶が蘇った。

現場に戻り今日の現場での集合写真とアカマツの伐倒作業を撮影させてもらう。事務所に戻ると、今日はお会いできないと思っていた谷地譲社長が戻っていたのでしばしお話を聞かせていただく。持論は地域に必要とされる企業で、シンボル的な木炭製造事業の海外展開をはじめ今後期待できるバイオマス需要に対応することなど常に前進することを考えている。SDGsは頭に入っており、地域の持続可能性、地に足のついた一次産業による雇用や地域創生、その担い手としての意識から目は優しいが輝きが強い。芯の確かさと迫力を感じた。

気がついたら日が沈む時間が近づいていた。明日は再び津軽から日本海側の深浦町へと考え、できるだけ北上することとし碇ケ関を目指しなんとか辿り着いた。日帰り温泉は「古懸コミュニティ浴場」に。泉質はナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉、源泉は51.8℃、加水塩水、源泉掛け流しで常にお湯が湯船から床に溢れ流れている。その光景を見ているだけでワクワクする。そんな温泉で最初から最後まで貸切でゆっくり堪能させてもらった。

道の駅いかりがせきで雪に埋まる。

 

谷地林業のシンボル炭焼小屋の前に谷地譲さん(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

(2年目の雪の東北(3)へ続く)