(九州紀行第3弾(1)福岡の松原を巡るより続く)

 

5日目(11月16日)壱岐は昔は松ばかりだった

 

明るくなって「虹の松原」で少し撮影して唐津東フェリー乗り場へ向かうと予想外の渋滞。旅に出ると曜日の感覚がなくなることを痛感。ギリギリに到着し無事に8:50の出航に間に合った。約1時間半の船旅でいよいよ壱岐島に至る。

下船してすぐの道路脇に立っている女性がいたので車を止めて挨拶。メールで丁寧に対応してくださっている「壱岐市地域協議会」筒城地域の江口博子さんであった。早速、江口さんの軽トラの誘導で西福寺に向かい、筒城浜の白砂青松保全に取り組む山本富惠和尚さんをご紹介いただいた。

広い座敷に入ると、和尚さんが保管している弘化三年に描かれた「筒城濱戦塲惣図(つつきはませんしょうそうず)」のコピーを広げてくださった。この絵図を見ながらお聞きした話がネットで検索しても全く出て来ないとても興味深い内容だった。

この絵図、壱岐島全体に樹木は松だけが多数描かれている。もちろん江戸時代の典型的な日本の風景だと思うのだが、白砂青松100選になっている肝心の「筒城浜」には松が一本も描かれておらず、地名が「宮の浜」と書かれている。これには驚いた。現在も鎮座する「白沙八幡神社」の所有だったためだと思うのだが、この地図の名称にある通りこの浜は戦の演習場だったようだ。現在も、筒城浜と白沙八幡神社の間には非常に広大な草原のような「筒城ふれあい公園」がある。広い駐車場、公衆トイレ、ランニングコース、キャンプ場、モトクロス場などが維持管理され、在りし日の空間を味わうことができる。それにしても空が広い。隣の丘の上には壱岐空港の滑走路があり広大な空間がここにはある。

公園と砂浜の間に松林が広がるが、ここが和尚さんが中心となり江口さんたち地域の大人やこども達が取り組んで、松の樹幹から海が見える美しい白砂青松となっているのだ。松林の手前には、神社の祭りの神聖なるお休み所がありとてもフォトジェニックだった。浜は弓形の美しい地形で砂は白く海は透き通っている。一目見てトリコになる景観である。この浜で滞在中にさまざまな天候で撮影することとなる。そして魅力的な車中泊の場である。

次に驚いたのが、島全体に描かれた松についてだ。江戸時代に島が飢饉に襲われた際、平戸藩主から島民に松の植樹をしたら1銭を渡すという「一銭替(いっせんがえ)」のお触れがあったそうだ。藩主は松を植えることで災害に強い島にし、島民はお金を得ることで生活を支え、お互いにメリットがあった。このお触れよって松が植えられた地域は「一銭替」という地名として残り、現在も「一銭替古墳」などがある。

ちなみに壱岐市の住所には「触」と書く場所が多い。これには複数の説があり、一つは、江戸時代に「24村98触」に区分された記録があり、「村」は古代において「ムレ」と発音していた名残で「触」とした説がある。もう一つは、江戸時代の享保年間に平戸藩が制定した行政区画の名残と言われ、藩から庄屋への「お触書」を伝えた区域を「触」としたという説である。(壱岐市立一支国博物館資料より)

最後の驚きは、筒城浜に松が植えられて白砂青松になったのは戦後の昭和20年代だったということだ。その後、昭和30年代までは全国の他の松原と同様に各家庭のご飯炊きやお風呂炊きのために松葉かきをしていたので松原は明るく清潔だったという。暮らしが変わり、人々が立ち入れないような松林になってしまっため、その頃を知る和尚さんたちの世代が理想的な松林を目指して活動を始めたということである。

すっかりランチの時間が遅くなり、江口さんの案内でこの時間でも営業している郷ノ浦にある「洋食と珈琲の店トロル」で「壱岐牛ハンバーグ定食」を食す。

この後、江口さんのご主人で「長崎新聞壱岐支局長」の江口竜介さんと合流し、「IKI NO SHIMA ISLAND POWER PROJECT」の陸上養殖場と再生可能エネルギーによる発電施設に向かい、壱岐市SDGs推進課の篠崎道裕課長からお話を聞くSDGs視察。

熱心に語る篠崎課長の詳細な説明を聞き、環境大臣の視察があったほどの世界初の取り組みであることは素晴らしいのだが、言ってみれば一つの企業の革新的な取り組みを行政が我が地のSDGsなりと説明するのは、それが税収なり雇用なりどの程度の住民に好影響を与えているかを語るのが重要なのではないだろうか。単に先進事例の説明に終始するのでは、すべての住民の幸せを置き去りにしていることにならないか。地方自治のSDGsの落とし穴の典型であろう。地方自治におけるSDGsとは、地域住民の幸せな日々の実現であり、そのための障害を取り除いたり、そのための新た取り組みを始めることだろう。また地域住民が何かを実現したいと考える未来を支援することでもあろう。まさに行政の日々の仕事だと思うのだ。そういう理解があるのであれば、このプロジェクトは確かにSDGs達成への取り組みの一つと言える。

そのように感じたので、篠崎課長に、まずSDGs推進課長として住民に対して何を重視しているのかを問うと「教育だと思っています」と応えてくれた。ならばと、「より多くの住民の幸せ実感の高い施策にするには、壱岐市らしいSDGsはもっと歴史から学ぶことではないか」と切り出した。そして先ほどの取材で得たネット検索しても知ることができない「壱岐は松の島」だったことをテーマに考えてみてはと話してみた。すると「全く知りませんでした。住民に浸透させるための施策が必要なのは確かです。松のことをはじめ壱岐の歴史を今一度振り返ってみます。」と言ってもらえた。しかしその後、壱岐市のウェブサイトで「壱岐・粋なソサエティ5.0」という素晴らしいSDGsサイトを確認した。なぜこれを説明してくれなかったのか不思議である。

続いて、江口夫妻の紹介で日本初の木造4階建ての建物「睦モクヨンビル」の視察。残念ながら設計した建築家が不在で明日再訪することとなった。日没間際になって雨が降り出しこれから荒れ模様の天気予報。晴れ男の効能が発揮できるかいよいよ微妙な雲行きとなる。

すっかりお世話になった江口夫妻と別れて夜ご飯は壱岐牛の「弦」というお店で焼肉。帰り際に壱岐出身の「弦」の店長さんに写真取材の旅で来たことを話しているうちに、今日学んだ「壱岐は松の島だった」話もしてみたら、「鳥肌が立ちました。全く知らない歴史だったのでもっと壱岐島の松について調べます。」と言ってもらえ、篠崎SDGs推進課長に続いて壱岐市における「松」の巻き込みを始めてみた。

そして旅の楽しみとなった日帰り温泉は「湯川温泉」。300円でロゴ入りの手拭いが100円。入ってみると誰もいなくて貸切。とてもくつろげて満喫。

車中泊は筒城浜の広大な駐車場。先ほど念力で(笑)雨は上がった。明日は予報通りだと昼頃から雨が降り続くようなのでそれまで撮影に徹することができれば幸い。

 

筒城浜(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

6日目(11月17日)暴風警報でフェリーが欠航

 

なんと星空の下で眠って朝焼けの空で目覚める。しかし北風が強く雲の流れがとても早い。暗くなったと思ったら雲が切れて青空が広がりを繰り返す。晴れ男ジンクスをなんとか維持。撮影も多様な天候を活かすことができた。

筒城浜だけでなく、松が点在するダイナミックな風景の大浜周辺も被写体として魅力的。何より潮の動きで波乗りできそうな波が入ってくる。例え小さな波でもここで波乗りできたら幸せだろうなあと思えるとても美しい眺め。いつまでもカメラをセットして眺めて居たい場所だ。そのほか、郷ノ浦港や弁天島公園の松のある風景も探求した後、再び大浜に戻り14時ごろに江口博子さんと合流。撮影を切り上げる頃には雲が厚くなってきた。

昨日足を運んだ日本初木造4階建の「睦モクヨンビル D•D cafe」で江口竜助さんとも合流し遅めのランチ。この「睦モクヨンビル」を設計した建築家の松本隆之さんを紹介いただいた。これまで撮影した「瀬戸内&四国」のポートフォリオも見てもらい「日本人と松」をテーマに撮影していることに関心を持っていただき意気投合した。というのも、松本さんは「壱岐が松の島」だったことを以前から建築家ならではの視点で注目していたという。壱岐の古い家は梁が島の黒松を使っていたことを知っていたのだ。

その中でも、島の北部にある勝本湾の「酒蔵喫茶との」が、巨大な松の梁がある酒蔵を最近リノベーションして開店したことを教えてくれたので早速行くことにした。というのも、密かな目的地である「壱岐イルカパーク&リゾート」の至近にあるのも向かう理由である。「酒蔵喫茶との」に到着早々に江口さんご夫妻が交渉してくださって、お店のご主人の殿川正憲さんのポートレイトを巨大な松の梁を背景に撮影させていただいた。飛び込みだったのに長崎新聞壱岐支局長の交渉力に感謝しかない。有り難い。

そして、予約してある最終のフェリーの出航時間を逆算して考えるとギリギリのタイミングでイルカパークに辿り着いた。ここは博報堂の後輩だった高田佳岳くんが代表取締役となって奮闘している施設。短時間でも良いのでエールを送りたくて立ち寄りたいと思っていたのだ。とても開放感がありアットホームな雰囲気で、これなら家族連れで楽しめる良い施設。たまたま来られていた高田くんのファミリーとも会えて記念写真。イルカの維持に苦労していることはニュースにもなっているが相変わらず元気そうで安心できた。

さて、フェリーの時間が迫っているので、江口夫妻に感謝を伝え別れて急ぎ島の南にある印通寺港に向けて走っているとフェリーターミナルから暴風警報で欠航するとの電話。明日の1便も欠航が決まっており2便以降は天候次第。2便の予約をして電話を切った。明日の10時にフェリーターミナルに行けば良いので、気になっていた場所の撮影が出来ると頭を早々に切り替えて、昨日のランチで食べた壱岐牛ハンバーグ定食に飛び込む。昨日と同じ温泉に行くと、地元の人が数人いたが一人二人と上がって貸切状態となってゆっくり浸かって癒される。今日も筒城浜の駐車場で車中泊。吹きっさらしで風が強いが明日もきっと晴れるだろう。

 

唐船城址を展望する(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

7日目(11月18日)ヒョウで明けた朝

 

雲が多い朝。風が強く雲の流れが早く叩きつけるような雨が降ってきたと思ったらヒョウで白くなる。晴れと雨をとても短時間で繰り返し昨日よりドラマチックな空模様でさらに多彩な作品が増えた。その後は一気に晴れ渡ったが風がドンドン強まり予約していた10時台のフェリーは欠航。きっとこれはもう少し撮影してから帰りなさいということだろうと思って、最終便に繰り下げて撮影に出かけることにした。

昨日、江口竜助さん博子さんご夫妻に松に関する情報で面白いものがあると、マツクイムシの駆除散布の地図を見せてもらっていた。空中散布と地上散布の様子がわかり、島のどこにどの程度の松林があるのかが一目瞭然なのだ。その地図で「左京鼻」周辺で最も広い面積を散布していることがわかり、松の状態はともかく松原が広がっていることは想像に容易く、心残りだったのでここを撮影の目的地にしてみた。

向かってみると想像通り松原が広がりその周辺は草原になっておりとても視野が広い気持ちのいい眺め。きっと一般の人には草原が広がる風光明媚な場所という印象が強いだろう。強風が吹き荒れ、海はどんどん荒れ模様になって、ダイナミックな風景の迫力がどんどん増していく。壱岐らしい松のある風景とは?を自問自答しながら流れる雲と日差しに翻弄されながらシャッターを切った。

撮影ポイントを探すため、カメラを車に置いて牛糞を踏まないようにヨロヨロ歩いて脇道に入り込んで、戻ろうと思って振り返ってみると二頭の壱岐牛がこちらを向いて道路に仁王立ち。完全に道を塞がれてしまった。突然の牛の登場に驚き困惑したが、ロープで繋がれているのがわかり、大きな声で「道を開けてほしいな、カメラを持っていれば良かったな」とか言っていると興味をなくしてくれたのか道端の草を食べ始めた。すっと通り抜けて車に戻り、三脚にカメラをセットして迫ると今度は牛たちが後退り。少しでも松を背景にしたくて良いアングルを得るためしばらく粘る。

その後も「左京鼻」周辺と、壱岐で最も樹齢を重ねていそうな松があった「寄八幡宮」で探究。気がついたらお昼をとっくに過ぎてしまったので、昨日ランチを食べた「睦モクヨンビル D•D cafe」に行こうと思いつつ、青島大橋の袂にある松のオブジェや松が繁る「金刀比羅神社」の小島を撮影していたら江口竜助さんに遭遇。今日はきっと左京鼻周辺だろうと思って仕事の途中で様子を見にきたとのこと。ちなみに青嶋は以前はもっと松が多かったとのこと。さすが長崎新聞壱岐支局長。年齢は一つ歳下の同世代さん。昨日までの御礼をして別れて先に進むと、「お菓子とパンとヨガの店Chado」という素敵な建物が目に入ったので立ち寄ってみた。

お店のご主人になんとなく話しかけてみたら、波長が合うのか撮影取材の旅の話や「壱岐が松の島」だった話などしていると奥様も一緒になって盛り上がり思わぬ出会いとなった。ご主人の梶田広大さんは神戸で働いた後、故郷の筒城浜にUターンしてこのお店を1年前に始めたばかり。筒城浜の話でも盛り上がり当然ながら西福寺の和尚さんや江口さんご夫妻をよくご存知で、とても良い人を訪ねて来られましたねと言われて大いに納得。

帰り際に松と言えばと二人が話してくれたのが、お店の前にシンボルのように大きな松があったけど枯れてしまったので伐採したことだった。その苗が発芽していると言って奥様が見せてくれた。ぜひシンボルツリーに育ててほしいとの願いを込め、松にゆかりがあるということでお二人を撮影。名残惜しかったが、きっとまた会える気がすると言って出発。良い旅である。

ようやく「睦モクヨンビル D•D cafe」に到着すると、建築家の松本さんがいたので少しお話してランチを食べて、壱岐島で見届けたい場所として筒城浜と大浜に向かった。最後は素敵なロケーションで大いに気に入った大浜。夕空に浮かぶ月を撮影して壱岐の撮影取材を気持ち良く終了。

予約していたフェリーが運行することは、江口博子さんからわざわざ電話をいただいていたので18時にフェリー乗り場へ。本当に江口さんご夫妻にはお世話になりっぱなしで感謝感謝である。

唐津東に戻り「鏡山温泉茶屋美人の湯」に入る。ここは地下1600mから湧き出る源泉かけ流し。虹の松原の駐車場で車中泊、明日はいよいよ大村湾を南下し島原に向かう。

 

左京鼻(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

(九州紀行第3弾(3)島原・天草をゆくに続く)