(九州紀行第1弾(1)岡山の巨樹に会いにゆく編より)

 

9月18日、2日目。黒津崎の松原で車中泊。

 

松韻を聴く旅、「国東半島」にきた。今朝、広島の奥屋パーキングエリアを6時に出発し、大分県の宇佐インターで降りて、11時ごろ国東半島を周回する国道213号線で松を探す旅に入った。

「道の駅くにみ」まで松を見つけることができず、振り返ってみると岬の突端に松が見えたので行ってみると権現崎のキャンプ場であった。草っ原にシンボルのように立つ松や海に近い周辺には何本も立ち並び防風林の機能を果たしていそうであった。少し撮影して先を急ぐ。次は古い家並みの海側に松林が見えたので、路地を入ると小さな集落があり入江の向こう側に海岸がある島田漁港。松林はブッシュのようになりしばらく手は入っていない。石碑を読むと昭和の戦前に計画され戦後になって護岸整備をして漁港ができ、その後の補強などを経て現在は漁業が栄えているとある。進む過疎化にあがらうようにこの地で生まれ育った人たちの故郷を思う心が伝わるような表現だと感じる。

たびたびの寄り道で、夕方ようやく最初の目的地である「黒津崎海岸」に到着。ここは黒津崎の左右に裾野を広げるように砂浜と松林が広がる。国東半島に入って初めての願い通りの風景である。海に向かって左手の松林にある「道の駅くにさき」のベルコートというカフェで遅めの昼ご飯。目の前に黒津崎海岸がパノラマで眺められる。美しい眺めだが黒松と照葉樹の混交林となっている。一方で向かって右側は、松林が広がり岩場もあり人も少なくアカウミガメが毎夏産卵に上陸するとあるが、地図上ではこちらが海水浴場である。岩場にはおしり岩と名付けられた奇岩などがあり観光スポットになっている。松林の内側に沿う道が整備されキャンプ場の施設もあるがシーズンオフに入ったのか誰もいない。

早速、浜全体を把握して納得できる撮影ポイントを発見できた。この瞬間は静かだが突然に訪れる。これがその瞬間だと気づく、その時がなんともいえない達成感がある。これを繰り返していく。何度も何度もこの達成感を味わえることが本当に嬉しく幸せである。

車も途中まで入れることがわかり撮影ポイントの至近距離で車中泊とする。松林に隣接するホテル「ビラくにさき」が見え電話してみると日帰り銭湯の利用が可能とのことだったので、急ぎ車の中で晩ご飯とし入浴。フロントで日帰り利用の割引カードがあると教えてもらい記念に作ってもらう。機会があれば再訪したい。

さて、車を止めた場所は目と鼻の先が撮影現場である。むしろ撮影現場に止めているともいえる。聞こえてくるのはスズムシやクツワムシをはじめたくさんの虫たちの大合唱。幸せな夜が更けてゆく。

 

黒津崎海岸(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

9月19日、3日目。今日はなんと鉄輪(かんなわ)温泉に。

 

国東半島の黒津崎で清々しい日の出を眺め納得できるまでの撮影を終えて移動する。

大分空港をやり過ごし、大分空港道路と別れて細い海沿いの道をゆくと、それまでの現代的な賑わいから一気にタイムトリップをしたような風景の中に、杵築市の那多狩宿(なだかりしゅく)海岸はある。視界が開けたところにある八幡奈多宮の駐車場に入る。するとFacebookに鉄輪温泉にいらっしゃる「おかみ丼々」の和田真幸さんから大分へようこそとコメントが入る。鉄輪温泉へ是非とあるので返信したら今日なら食事もいただけるとのこと。現在地から30分ほどで行けるのでこれは絶好の機会。行くか行けぬかと撮影に没頭し始めると薄日になって好条件に。

初めてみる海岸はいつもどこでも大きく感じ圧倒されるのだが、移動を繰り返し地形を理解し全体を把握すると風景にのまれることなく等身大の規模で撮影に専念できるようになる。ここ奈多海岸でもその経験をした。奈多宮周辺の松に特徴があり納得のアングルを探した後、少しずつ移動して松林全体を把握。各所に印象的な場所を見出しそれぞれ撮影。やはり松原に沿うように走る生活道に特徴が感じられる。今日はこのぐらいでと思い始めたらなんと予報になかった雨が降り出す。

これで鉄輪温泉行きは決定的となり和田さんに連絡。今日撮影したデータを急ぎ処理して出発したらなんと雨は上がり快適なドライブとなる。別府市内に入ると何やら海岸に大きな松が目に入り看板をみると「上人ヶ浜公園」。撮影計画になかった場所であるがこれも何かの縁と思ってお得意の寄り道。公園全体を歩き海辺に特徴的なアングルを見つけて先を急ぐ。

さて鉄輪温泉。和田さんにご案内いただき、まず鉄輪蒸し湯。石組みで囲まれた洞窟のような部屋に、清流沿いにしか群生しないと言われている石菖(せきしょう=薬草)が敷き詰められた上に横たわる。部屋中に石菖の香りが充満しており、それだけでリラックスでき5分もすれば全身が汗だく。その後は湯船で汗を流す。そして和田さんおすすめのすじ湯温泉に入る。施設としては極めてシンプルな作りで入り口を入って靴を脱いだら脱衣所と湯船が大きな一部屋になっている。洗い場はなく湯船に浸かるだけ。これを貸切状態で満喫できた。

落ち着いてから和田さんの料理をいただく。たまたま今日は予約されていた3名の方がいらしたので、一緒にいただけたという極めてラッキーなタイミングだったことを理解。Facebookで拝見しいつかは行きたいと思ってついに行けなかった東京築地近辺にあった「おかみ丼々」だったが、なんと鉄輪温泉でいただくことができた。地域の食材を丁寧に調理されていてとにかく美味しい。ご一緒したみなさんに撮影プロジェクトのことを聞いてもらえて、ポートフォリオも見てもらえることに。応援いただき感謝感謝の夜で、車中泊の最中とは思えない出来事となった。編集を仕事にされている方から「松の向こうに人がいる」との言葉をいただいたが、これがジワジワと染み込んでくる。

蒸し湯で体から悪いものを全て出し切って、オーガニックでおいしくていいものだけを体に入れて、最高のリフレッシュをして撮影現場である那多狩宿海岸に戻り奈多宮の駐車場で車中泊。今夜も撮影現場で眠ることができるのは幸せに尽きる。

 

奈多狩宿海岸の松林を守る会のみなさんと二村沢行さん(右端) (撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

9月20日、4日目 奈多海岸から美しき白砂青松の波当津(はとうづ)へ。

 

今日は奈多海岸の沖合300mほどのところに浮かぶ市杵島に昇る朝日を狙う。この島に神様が降臨したと伝えられる奈多宮の本宮と言われており岩礁には鳥居が立ち、初日の出など地域の人が手をあわせるが松のシルエットが似合う。

今日は九州の旅の最初の取材となる大分植木株式会社の会長さんで、NPO法人アイラブグリーン大分理事長の二村沢行さんと約束の8時にお会いする。二村さんが声をかけて集まってくださったのは、6地区からなる奈狩江地区住民自治協議会会長の木村謙次郎さん、杵築市議会議員の泥谷修さん、松原の中にある建物をリノベして「みどり荘」という民泊ビーチハウスを運営しながらツーリストを全国各地で通訳案内する謎多き魅力的な佐藤徹夫さん。

まずは二村さんの話を起点に整理してみる。大分県から奈多海岸の松林が人も入れないぐらいに荒れているので何とかできないだろうかとの相談があり、結果的に日本緑化センターの瀧さんを講師に招いた視察と勉強会を周辺の松林の関係者と実施。これを受け、やはり荒れた松原に対して問題意識を強く持っていた住民自治協議会の木村さん達が立ち上がり「奈多狩宿海岸の松林を守る会」を設立。協議会は小学生の親御さん達も参加する世代を超えた取り組みができているため、木村さんは幅広い世代の住民が主体的に参加してくれるのが心強いという。

松林にある八幡奈多宮の歴史は深く、有名な宇佐神宮の旧神体の3神像はなんとここ八幡奈多宮にあり、奈多宮の宮司の娘は大友宗麟の第一夫人となっているなど、学校の歴史の先生だった木村さんはいう。そして何よりこの広大な松林は奈多宮が所有しているため、奈多宮の許可を得て保全活動はスムーズに行えたという背景もある。高度経済成長に入る頃までは、この松林に出店が出て多くの施設などもあり、1日10,000人の海水浴客で賑わったという。確かに松林の中に多数の管理棟やシャワー棟や海の家などが廃墟となって残っている。「奈多狩宿海岸の松林を守る会」の7年にわたる活動により、現在は松林の中は明るく誰もが入れる健全な状態になってきている。近年になって植樹した松も多いが、中には樹齢を重ね樹形が魅力的な松もあり被写体になる。

お話を聞かせてくださったみなさんの撮影は、なんと普段は入ることができない奈多宮の中にある最も樹齢を重ねた松の前で撮影。撮影のセッティングをしていたら、二村さん達は鬱蒼とした枝が垂れ下がり樹体にも負担がかかっていると判断し、ハシゴとノコギリを持ち出しすぐに切り落としてしまった。その手際良さに普段からの松林保全に対する姿勢がうかがえた。すっきりした老松での撮影でみなさんの爽快な表情がとても印象的であった。

撮影後、佐藤さんが運営するみどり荘に二村さんと訪ねる。松林の中にある和風建築の2階建で、窓を開ければ快適な海風が通りとても涼しいのだ。佐藤さんはここを生活拠点としながら、北海道から沖縄まで各地で海外の観光客を案内しているという。環境省のエコツーリズムの人脈にいる人でもある。過去にはメディアの記者も経験されており、多面的に社会を見て自然共生のあり方を追求している。とても近い人脈にある人だと感じ今後も良きお付き合いができればと思う。そんな佐藤さんは、真正面からのポートレイトと海を背景に松に括りつけたハンモックに揺られる姿も撮影した。

国東半島を離れ、大分県南部の佐伯市にある「波当津海岸」に二村さんの案内で向かう。途中、東九州自動車道の別府湾サービスエリアでランチ。蒲江波当津インターを降りて集落を向けると海岸に出る。この高速インターがなければここまで楽に辿り着けない立地にある。浜は弓形で砂は白く、昔よりも砂は減ってしまっているようだが、これまで訪れた海岸の中では一望しやすく典型的な白砂青松の海岸に見える。なるほど白砂青松100選である。

この地区の区長を勤めている吉田豊さんに会って話を聞く。以前は背後にある山の木々は黒松でモザイク状に草原があり、海岸にも樹齢を重ねた大きな黒松があった。しかし、拡大造林で山には杉を植え、海岸の松はマツクイで枯れていき、風景がすっかり変わってしまった。以前は車を止められないぐらい海水浴客が来て砂浜が人で埋まるぐらいだったそうだ。今も更衣室や水シャワーは無料で使える。人感センサーがあるので夜中も利用が可能。佐伯市は予算を付けて樹幹注入でマツクイムシ対策をしているが、毎年70本程度は枯れて伐採している。今も数本が真っ赤になってしまっている。吉田さんは松も紅葉するんですねという人もいるんだと笑う。樹幹注入は、よく状況を見ないとすでにやられてしまっている松に注入すると予算の無駄遣いになるのでもったいないといい見極めながら対処しているという。

ここに至る東九州自動車道ができる際の話も聞いた。ここはリアス地形のため、隣の集落に繋がる地道を拡張してもらった方が住民にとっては良いと行政に交渉したが、高速は無料で同様に使えると押し切られた。その結果、この地区の事情には関係ないことでも高速道は通行止めになることもあるし、何より車しか通れないので住民の避難には使えないという。なんらかの政治の力が働くのか、住民の意見がないがしろにされる区長としての苦労話である。

そんな吉田さんの撮影はやはり松を背景にしたい。なかなか表情が硬く笑顔をもらおうとすると「笑えと言われるとますます硬くなる」と笑う。その「笑顔ですよ〜」と言ってシャッターを切ること数回。モニターを本人に見せて納得がいくまで繰り返す楽しい時間が続く。最後は「写真を楽しみに待っている」と笑顔で言ってもらえた。

さて、大変にお世話になった二村さんとはここで分かれて撮影に専念する。夕暮れ時にパラパラと降ったが、背後の山並みにもやがかかり雰囲気が出てきた。とても静かで美しい弓形の浜を眺めながら日が暮れていく至福の時間。夜になると水シャワーだと体が冷えてしまいそうなので、日帰り温泉を検索して佐伯市内で21時まで入浴可能な「道の駅やよい」が自動車道を使えば約30分ほど行けるので向かうことにした。道の駅の前にはコインランドリーもあるので利用。波当津は電波状況が良くなかったので、写真の現像処理など行ってから23時過ぎに波当津に戻り車中泊。

 

美しき静かなる白砂青松の波当津(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

(九州紀行第1弾(3)宮崎をゆく編へ続く)