(四国黒潮紀行 和田邦坊に会いにゆく編より続く)

 

9月17日、1日目。寄り道をして岡山の巨樹に会う

 

今回は九州(大分、宮崎、鹿児島)に向かう。今朝5時に茅ヶ崎の自宅を出発し、新東名、新名神から、山陽道、中国道と走り、一気に九州まで走るのは避けて、岡山県内3ヶ所の松の巨樹に会うために寄り道。

真庭市の華蔵庵(けぞうあん)の松(推定樹齢380年)は、古い佇まいを残す出雲街道沿いにあり時間が止まっているような感覚になる。名前の由来はかつてこの場所に華蔵庵という寺院があったから。真庭市といえばバイオマス産業で早くから名を馳せ、地域の知恵と力を示している町でもある。残暑の日差しが照りつける中、大きな雲が流れときどき陽が翳る。音のない時間の流れに身を委ねて、松が見つめてきた出雲街道がもたらしたであろう町の歴史を想像する。老松が存在することで、過去と現在の風景や営みが同時に目の前に立ち現れるような感覚になる。

 

出雲街道から見る華蔵庵の松(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

吉備中央町の大村寺にある錦松(推定樹齢370年)は、里山の小高い丘の上にあり周辺から広い空を背景に見上げることができ清々しい気持ちになれる。大村寺の歴史は古く天平年間に聖武天皇の祈願所として創建されたと伝わり、かつて黒松も2本あったが天然記念物であった1本が枯れ、残る現在の松を「二代目錦松」と呼んでいると看板にある。背景の山の稜線に雲が立ち上がり、上空は大きな雲がゆっくり移動し、時間が止まっているのか、ゆっくり流れているのか、先ほどまで駐車場でキャッチボールしていた親子の声も聞こえなくなり、誰もいないこの場所でこのまま過ごしていたい気持ちになる。

 

大村寺の二代目錦松(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

そして7月におとぎ話のような出来事があった角力取山の大松(推定樹齢500年)も再訪した。やはり幹に手を当てて「また会いに来ました」と声に出して話しかけた。今回は根元にはがれた樹皮が落ちていたのに気づいたので、今日はこれがお土産なのかなと思って持ち帰ることにした。前回は出会えた感動で気持ちに余裕がなかったが、今回は周辺環境に気づくこともできた。近くを通る幹線道路を挟んで反対側には備中国分寺の五重塔がそびえ、ここには三脚を立てた人たちが多数並び撮影のメッカのようであるが角力取山には誰もいない。これはあまりにも対照的であり象徴的だと感じる。世の中に価値を認められたもの、魅力がわかりやすいもの、それに対して存在を考えさせられるもの、その風景の意味を理解する必要があるもの。何を被写体とするか、撮影者の人生観が問われているように感じる。

 

老松と向き合うことで人生を思う。尊く豊かな時間である。

 

角力取山の大松との再会(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

車中泊は山陽道の広島県内にある奥屋パーキングエリアとする。一つ手前の小谷サービスエリアにコインシャワーがありスッキリし、駐車スペースが空いていることを期待し移動して来た。今日のテーマは老松としっかり向き合い撮りたいこと、少しでも九州に近づきたいこと、この二つであった。走行距離は約850km。

 

(九州紀行第1弾(1)国東半島をゆく編へ続く)