(冬の東北紀行第1弾(3)庄内砂丘で海岸林の現在を学ぶより続く)

 

1日目(1月14日)民家の周辺にも熊の親子がやってくる

 

第7弾は先月に続き再び東北へ。今回は木こりやマタギが残したであろう老松を巡る。前回の旅で気になった「三頭木」という言葉。東北では、幹の途中から三本に分かれている木は山の神が宿ると言われ、木こりやマタギは伐倒せずに守り祀ってきたため巨木になりやすい。いくつかの木には子どもにも伝えるためか、わかりやすい物語や言い伝えがあるようだ。

今回は岩手、秋田、青森に点在する「三頭木」を巡ろうと考えているが、ほとんどが山中に佇んでいるので雪が深くて立ち入れないか、雪が浅いと熊の懸念がある。ちなみに「三頭木」について、「東北巨木調査研究会」が情報を求めていたり、「巨樹・巨木の伝承」サイトに調査記録が記されている。

今日は、岩手県雫石町の横欠集落に佇む「横欠のからかさ松」に会うことができた。雫石町のサイトに「昔から山神様の木と言われ、古くから信仰の対象となっている巨木で、現在知られている中で、町内では最大の松」とある。推定樹齢は300年。幹回りは6m弱。

誰も知らずに松が佇む林に入って、万が一にも熊に遭遇したらヤバいと思っていたが、幸いにも近くでチェーンソーで作業をしている人がいたので挨拶をして、誰の足跡もない小道と思われるところを歩き林の中に入った。少し斜面を登ると杉林の中に空間があり、からかさ松が少し雪を被り枝を伸ばしていた。いつの間にかチェーンソーの音もしなくなりとても静かな場所だ。松の根元にはいろんな動物の足跡がある。

1時間ほど撮影して降りていくと、老松が佇む林に一番近い家の前に、チェーンソーの人が立っていて「どうだった?」と聞いてくれたので、「枝ぶりがとても綺麗な松ですね、皆さんで守っているのですか?」と聞くと、「この集落で手入れをしている。昔は杉も小さなかったので家からも松が見ていたんだ」と松が佇む裏山の方を指差す。

松の根元にはいろんな動物の足跡があったこと、その中に丸くて拳ぐらいの大きさのもあったというと、「それが熊だ。毎日のように家の周りで見るんだ。小熊は小さくて可愛いぞ。もちろん親熊には気をつけねばならないがな」と笑う。どうやらこの辺りは例年だとこの時期は1m程度の積雪があるそうだが、今日は道路のアスファルトが見えるぐらい雪が少ない。

今年はどんぐりの凶作で、熊たちは冬眠できるだけのエネルギーが確保できず、さらに雪が浅いのでまだ出歩いているのだろうという。ただ、例年通り雪が深いと松まで辿り着けなかっただろうとのこと。ううむ。何はともあれ良かった。

しばらくお話させていただきお名前と住所も聞いて、「横欠のからかさ松」の最も近くに住む地域の方ということでポートレイトを撮らせていただく。最初に会えた「横欠のからかさ松」の立地や周辺条件は、とてもアプローチしやすい初心者編だったと言えるだろう。

次に向かったのは阿仁マタギの里。マタギの故郷ともいわれ、深い雪に埋もれた山間の空間から厳しい自然と共に生きてきたマタギの息遣いが感じられる。それにしてもここは格別に雪が深い。秘境の湯「打当温泉マタギの湯」に入り「道の駅あにマタギの里」で車中泊。みるみるうちに雪に埋もれていく夜だ。明日は「マタギ資料館」に立ち寄ってから大館方面に向かう。

 

横欠のからかさ松(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

2日目(1月15日)マタギの里で過ごしたら念願の「天空の松」に会えた!

 

「道の駅あに・マタギの里」から、「マタギ資料館」へは吹雪の中を移動。雪が止み太陽が差し込んだかと思うとまた吹雪く。青空まで広がったかと思うとまた吹雪く。そんな繰り返しで風景が劇的に変化するため、あの場所がよかった、今はここがいいなど、松の木はないのだがどうしてもマタギの里の風景を収めておきたくて行ったり来たり。ちょうど9時の開館に合わせるように到着した。

マタギが信仰する神様は醜い姿をした女性で男性が大好きという性格。そのためヤキモチを焼かれないように、水ごりをして女性の匂いを消し身だしなみを整えて山に入り、里に残り留守を預かる女性は化粧を控えた。そしてこの世に自分より醜いものがあると喜ばせるためにオコゼの干物をお供えしたという。

マタギの作法が書かれた秘伝書があり、藩境を超えて全国で猟ができた。山ではマタギ言葉を使い、獲物は猿、鹿、熊だったが、猿と鹿が天然記念物に指定されたため熊だけを狙うようになった。

志茂田景樹が直木賞を射止めた「黄色い牙」の、熊を仕留める瞬間が描かれた直筆原稿や執筆に使った鉛筆が展示されている。これは読んでみたい。小さな資料館だが情報が多く、何よりもモノクロのマタギたちの写真が興味深い。時間をかけてゆっくり楽しめる場所だった。

その後は国道105号と285号を走り、途中、タクシーが停めてあり観光客がカメラを向けていた先には秋田内陸線の大又川橋梁。運転手さんに聞くと、少し遅れているがもう数分で列車が来るというので並んで撮影。

雪深い道でのんびりした移動だったが13時過ぎに「天空の松」の最寄りの「道の駅ひない」に到着。吹雪いたり止んだりを繰り返していた空模様が、心なしか小降りになり天気が安定してきているように感じたので、もしかしたら登れるかもしれないと思い昼ごはんを抜いて「天空の松」の麓の大滝温泉へ向かう。

NAVIに従い山の中に向かう道に入り「天空の松の駐車場」を目指すが、もう少しというところで雪が深過ぎて車ではムリ。諦めきれずNAVIで徒歩の時間を出すと5分と出てきたので、「よし!」と思い熊よけの鈴を鳴らしながら雪深い林道を歩いていくと「天空の松 徒歩20分」の看板が立っていた。

丸く拳ぐらいの熊らしき足跡はあるけど人の足跡がない。ここからは鈴の音に加えてスマホで音楽を鳴らしながら杉林を登ると落葉した栗林に変わり空が明るく感じる。ここまで来て引き返すわけにはいかないと冷静のつもりでも無我夢中で前に進む。雪が深くなり息も上がってしまい膝まで埋まりながら栗林を抜けると、こちらを向いた斜面に悠然と佇んでいた。

数日前に、大館市観光協会の「どだすか大館」を管理している「リトル大滝温泉」に電話で問い合わせ、松には行けるが周辺が栗林でもあるので熊のリスクがあると聞き、単独行動は危険と思いつつお天気次第で山に入りたいと思うと伝えていた。しかし本当に辿り着けるとは思っていなかっただけに感激もひとしおである。巡り合わせの良さにただ感謝。

雪は小降りのまま感激の対面である。推定樹齢600年、幹回り6m弱、樹高約32m。神が宿ると言われる三頭木の代表格だ。全国的にも非常に珍しい大きさで秋田県内でも最大級の赤松として注目され2011年に「天空の松」と名付けられた。この地域には「大滝温泉」で怪我した鶴が傷を癒してこの松から天に飛び立ったとの言い伝えがある。

「天空の松」を撮影できてホッとして遅い昼ごはんを食べながらこの後の行程を見直し。明日も数箇所「三頭木」を巡る計画なので、先を急ぐこととし車中泊は大湯温泉にある「道の駅おおゆ」。建物は隈研吾設計だ。

恒例の日帰り温泉は、車が前に停められそうな「下の湯共同浴場」で200円。シンプル極まりない施設で、壁には水の蛇口があるだけで湯船からお湯をすくって頭や体を洗う。そっけない番台のおじさんも最高。これはお気にいりにランクインだ。とっても熱いお湯で一気に体の芯から温まった。

「天空の松」への行程で息は上がり汗だくのまま興奮状態で撮影を続けていたので体を冷やしたのか、少々風邪っぽい体調だったのが一気に吹っ飛んだ感じだ。マタギへの想いを深め「天空の松」に会えた感激の1日を終えるに相応しい温泉だった。

 

あにマタギの里(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

3日目(1月16日)「三頭木」や「うつくし松」を巡る

 

今日は、秋田県鹿角市の大湯温泉から走り始め5か所の三頭木を巡る予定。まず国道104号「しらはぎライン」と呼ばれている旧鹿角街道を走り、移動時間1時間ほどで県境の峠道を降りたところにある青森県三戸郡田子町の集落の山裾に佇む「三本松の山ノ神」。あと1kmほどというところで雪が深く車はムリで徒歩。しばらく歩くと大きな空間に静かに佇んでいた。

田子町では他の樹木でも三頭木が多く残り、町の天然記念物に指定して保全に力を入れているようだ。いずれも山ノ神として祀られていて、一般的には女性の神様が多いそうだがこの三本松は男の神様らしい。推定樹齢250年、幹回り4.3mと巨樹の中では比較的若手。ここでは曇天から吹雪き始めた中で撮影。

次は国道104号から国道4号に入り移動時間は1時間ほどの岩手県二戸市米沢に佇む「狐の三本松」へ。ネット検索で見つけた写真の中には杉に囲まれていた写真もあるので、そのような環境下で育成したのでこのような樹形になったのだろう。現在は杉は皆伐され山の中腹に三本松だけが佇み遠くの山並みが背景になるロケーション。

この辺りはいずれの小高い山の頂上や稜線にポツポツと大きな赤松が佇んでいるのが気になる。この木を切ろうとした木こりが誤って狐の巣穴に入ってしまって狐の強烈な匂いに家に逃げ帰り、それ以来この松は「神が宿る木」として崇められていると看板にある。山ノ神を守るための言い伝えなのだろう。推定樹齢150年、幹回り4mとこの松も巨樹では若手。ここでは青空が広がっていたがどんどん曇りだし吹雪き始める。様々な天候の中で撮影することができた。

続いて向かったのは二戸市内を挟んで移動時間にして20分程度で反対側の岩手県二戸市金田一の山中に佇む「天狗の三本松」。この松は推定樹齢不明で幹回りが6m弱と大きくミステリアスな感じでぜひ会いたいのだが、国道4号から国道395号に入り山の稜線に向かう山道に入れたらと期待して向かうと雪が深くて入り口で通行止。

あと2kmほどこの山道を走り、そこからさらに道なき斜面を登らなければならないため、土地勘が全くないので残念だが諦めることにした。季節を改めて会いに行きたい。

次は、そのまま395号を走り、途中から県道に外れて岩手県九戸郡軽米町の山中に佇む「山田の千本松」。移動時間は20分程度。推定樹齢は280年、幹回りは4m。一本の根から放射状に多数の枝分かれをしている「うつくし松」と呼ばれる樹形。

周辺は広場のように整備され心地よい空間だが小降りだった雪がだんだんと横殴りの激しい吹雪へ。すっきりとした視界で見えていた姿がだんだんと雪に霞みおぼろげに視界の中に佇む姿から突然に長谷川等伯の「松林図」が思い浮ぶ。

道路を挟んだ反対側には無名の松たちが佇み、まるで等伯の世界に入り込んだトランス状態で雪まみれになりながら移動して撮影を続けた。あの「松林図」は雪で霞む松を描いたに違いないと思うのであった。

後日ネット検索で見つけのが大正14年創業の「千本松本舗」。なんとこの千本松の樹皮をかたどった焼き菓子なのだ。次回は必ず訪問する。

最後に向かったのは、青森県三戸郡階上町の役場の近くに佇む「天当平のアカマツ」。八戸自動車道に入り三陸道などの有料道路を経て移動時間40分ほどで階上町へ。住宅街の中にある赤松林に佇む「うつくし松」の典型で、天に向かって炎のように燃え上がる火に見えることから「火炎の松」と名付けられている。やはり「三頭木」と同様に木こりやマタギに守られてきた。

ここに西陽の時間に辿り着けると光線が理想的ではないかと考えていたので時間はバッチリ。あれほど目まぐるしく変化していた天気も、ここでは上空には青空が広がり西の空を雪雲が流れるため、西陽がさまざまな明るさに変化しながら松を照らしてくれるので火炎をイメージして撮影。

今日も全ての松で巡り合わせの良さを体感した。それぞれの松らしい特徴を表現できる空模様で撮影できてとても一日とは思えない。

明日は浅虫温泉の山中に佇む日本最大と思われる赤松に会いに北上するので、七戸まで走り「道の駅しちのへ」で車中泊。この道の駅は施設が抜群。トイレ棟にテーブルと椅子が多数置かれた談話コーナーがあり建物全体が24時間空調付きで使用可能。東北新幹線の「七戸十和田駅」周辺の再開発エリアに位置する。

恒例の日帰り温泉は町の外れにある「さかた温泉」。昔ながらの懐かしい広い共同浴場でとても良い感じ。洗い場にはお湯と水の蛇口以外にシャワーもあり使い勝手がいい。泉質はアルカリ性単純泉、ぬめり感が雪で荒れた指先を癒してもらった。

 

等伯の松林図を想う(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

(冬の東北でマタギを想う(2)東北から117を想うへ続く)