(瀬戸内紀行 四国編より続く)

 

7月17日、旅に出て8日目。しまなみ海道をひた走り本州に入る。15時に呉市に到着し約束をしていた梶岡幹生さんに会う。梶岡さんは厳島神社の「子供の松原再生プロジェクト」を支援した方。元々、梶岡さんの家業は地域の農作物の種を売っていたが、時代の流れとと共に変化し現在は造園業へと発展させ経営。生態系や生物多様性の保全にとてもご理解があり意外と近い人脈にいらした方だったことがわかる。梶岡さん自身が松を意識したキッカケは、呉市の『桂浜』の松原の保全に関わったことだという。現在も大型クレーンを使った高所作業や、残念ながらマツクイムシで枯れてしまった松の伐倒、そして樹幹注入とメンテナンスを行なっている。そこで、宮島は明日の午前中に一緒に取り組まれている井上さちこさんとお会いすることになり、梶岡さんとは山口県の撮影取材に行ってから『桂浜』で撮影をさせていただく約束をして別れた。

さて、宮島は初上陸でもあり、どのようにアクセスするか思案。Google mapで宮島をみると、もう一つの撮影ポイントで『厳島神社』の反対側にある『包が浦』に大きな公園がある。そこで、公園管理事務所に電話をして車中泊が可能であることを確認し今日中にフェリーで宮島に渡ることとした。上陸してフェリー乗り場の無料駐車場に車をとめて『厳島神社』の鳥居の撮影ポイントを探す。夕方迫る時間だがインバウンドで活況を呈しており、平日も週末も関係ないようで多彩な国の言葉が聞こえ人が溢れている。日本三景と言われる『厳島神社』こそさまざまな写真が撮られているが、松を主役か脇役とした自分らしい作品を狙うのを楽しみにしていた。

ここで撮影方法を記してみようと思う。誰でも知っている場所で誰も知らないアングルを発見すること。地元の人は知っている場所で誰も知らないアングルを発見すること。いずれもアングルの発見なのである。有名な観光地であろうと地元の人しか知らない風景であろうと行動は変わらない。これを風景採集だと考えていて、その撮影ポイントに辿り着くプロセスが何よりも楽しいのだ。もちろん自信があるわけではない。簡単に見つかるわけでもない。しかし目的地に到着してから、愛機と三脚を持って行ったり来たりしながら場所を絞り込んでいくと、不思議と導かれるようにそのアングルが現れるのだ。頭にあるのは、たぶんだが言葉すると、光線の具合はもちろん、松の形状や存在感とその場所の特徴が感じられるかどうか。これを自分の感性だけを信じ切って行なっていることになる。機材はボディがHasselblad 907X CFV II 50C、レンズはXCD4/45P(35mmカメラ換算で35mmレンズ相当)の1本だけを使う。絵作りはズームレンズや他のレンズに交換せず足で探し出すのだ。何より出会い頭に見えた光景こそが重要だと感じている。基本的にはどこも初めて訪れる場所で地図はぼんやり頭に入っている程度。目の前に見える光景を隅々まで観察し先に先に奥に奥にと歩いて行き、頭の中に自分の地図を作っていく感じなのだ。そのリアリティが写真家の生命線であり、オリジナリティの追求とはそういうことなんだと思う。

ここ宮島でも、全く同じ行動で撮影し日没にはポイントを特定できなんとか納得して終えることができた。夏の日没は遅い。ここからが忙しい。あらかじめ見つけておいた日帰り温泉を対応しているホテルで汗を流し、同じく場所を特定できていたコインランドリーにこれまでの洗濯物を詰め込んで、今年できたばかりの島で唯一のローソンで買い出し。洗濯物をピックアップして22時に車中泊ポイントに到着し、今日撮影したデータの処理を行う。睡眠不足の日々が続くが、だいぶ撮影出張のスタイルができて来たようにも思う。今治のオートバックスで購入したドアに被せる簡単網戸を使ってみる。遠巻きに鹿に囲まれながらの車中泊。

 

宮島 厳島神社(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

7月18日、宮島は『包が浦』で日の出と共に起床。野生の鹿が興味津々で近づいてくる。この地も松原100選なのだが撮影する魅力を見出せず断念。フェリー乗り場の駐車場に車を停めて、6時から『厳島神社』周辺と神社の早朝参拝も兼ねて撮影を開始。昨日に続きアングルを求めて歩きまわる。境内では、誰も狙わないであろう場所にひざまずいてアングルを狙っていると、背後に人の気配を感じ振り返ると様々な国の参拝者が立っていて、こちらの顔もゆるむ。まずまず納得して立ち去ると多国籍の人々が我さきにとスマホやデジカメで撮っている。今から思うとその光景を撮っておけばよかった。そんなこんなで気がついたら9時半。急ぎ『包が浦』の公園の駐車場に戻って撮影データ処理。まずまず撮れているのではないかと納得してフェリー乗り場に急ぎ宮島口11時の待ち合わせに向かう。

お会いしたのは、廿日市市議会議員の井上さちこさん。昨日お会いした梶岡さんのご紹介で、『厳島神社』の宮司さんと交渉して「子供の松原再生プロジェクト」を実現した方。このプロジェクトの起こりは、1991年9月27日に襲来した台風19号で、厳島神社は壊滅的な被害を受け周辺の松も半数は倒木したのではないかと言われるほどだった。井上さんが子供の頃から見慣れた宮島口からの風景は、黒々した松で宮島の旅館やホテルが見えなかったのに、すっかり見えるようになってしまったというほどのことだった。そこで松の植樹を考えたが、宮島は神の島で平清盛ですら島に社を立てずと言われるほどの考え方が根付いており、まして松を人の手で植えるなんてことは神社の許可が出ない。そこで宮司さんと話し合って、松を市民が奉納するということでこのプロジェクトは動き出した。そして10歳の子供たちとその両親に参加してもらうことを企画して、この思いが代々受け継がれるものにしたいと考えたそうだ。こちらのプロジェクトにもご理解をくださって語り合っていると、「子供の松原再生プロジェクト」の周年記念事業をすることを思いついたと突然おっしゃる。今日の会話がきっかけだとしたら光栄だと思っていたら、その際は参加をと誘っていただいただけでなく、宮島交流会館で写真展もと言ってくださった。とても励みになる有り難い言葉をいただいた。こちらからは、ぜひ宮司さんを撮影したいのでご紹介くださいとお願いして別れた。

本州の撮影ポイントを改めて整理したところ、山口県光市の『虹ヶ浜』と『室積海岸』がとても魅力的であることがわかり一路西に進路を取った。まず『室積海岸』に到着したが、少し走れば『虹ヶ浜』のため両方の印象を整理し撮り方を悩むことにする。まずは『虹ヶ浜』から撮影を始めると幹線道路に沿って樹齢を重ねた背の高い松が多く、これまでのどこの松原よりも空間が縦に広くスケールが大きく感じる。どこの写真かがわかるものではなく、この印象を表現することを念頭に歩き回って撮影していると、松葉かきをしている女性たちに出会った。頭の中ではミレーの落穂拾いが浮かび、数人が作業する姿のバランスを考えながら、松と人間の対比で松原のスケール感を表現することにした。キリの良いところで『室積海岸』へと向かう。こちらは幹線道路から外れ細い生活道に沿って等身大のスケールといった感じで海水浴場とキャンプ場が併設されている。『虹ヶ浜』と用途は同じでも空間が違うのだ。この空間の表現を歩き回りながら探究していると、雲が多く太陽が隠れ松原も暗くなってきたので砂浜に出て座り込んだ。こうして、連日早朝から日没まで休憩をしながら松原を対象に撮影していても全く飽きずに撮っている。ところが、大好きな白砂青松の砂浜に座り込んで日没を迎えてみると、さすかに疲れを感じてきたのであった。幹線道路にある地元のレストランに行き、目星をつけていた日帰り温泉に向かうと真っ暗。3連休明けの臨時休業のようで空振り。他の温泉には間に合わない時間だったため、『室積海岸』のキャンプ場の炊事場で顔と腕を洗ってなんとかしのぐことにした。すると今日はキャンプ場の利用者は誰もいないのだが、裸電球がポツポツと灯り夏限定松原の情緒を表す最高の被写体となっている。時間を忘れ深夜の松原でひたすらにアングルを求めたのであった。

 

室積海岸 夜景の情緒(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

7月19日、旅に出て10日目。まだ暗い時間に室積の港湾施設にある駐車場で、激しい豪雨が屋根を叩きつけたので目が覚める。こういう時に限ってしっかり窓を開けているのである。ドアに被せる簡単網戸の恩恵で今回の旅で最も涼しく風が抜け快適に眠りについていたのだった。落ち着いてから、『室積海岸』のキャンプ場にある炊事場で洗顔していると事務所の男性が来たので、昨夜も使用したことを説明し使用料をと言ったら、その程度なら大丈夫だよと笑顔。すると、続々とこの松原の手入れをしている女性陣も集まって来てお茶の時間となり、こういうことで地元情報をとるのよと、あなたも座りなさいと誘ってもらう。港湾施設が出来てから潮の流れが変わってしまったが、室積の砂浜は2倍ぐらい広かった。海岸に沿って走る国道188号線が4車線で直線が長いのは飛行場を兼ねるためだった。岩国基地からアメリカ兵がよくキャンプに来ていたが昔からここはこんな感じのキャンプ場と海水浴場だった。などなど。この雰囲気を撮りたいと機材を持って声をかけるが女性陣は顔を隠したり背けたりとまだ波長が合わず馴染むには時間がまだまだ足りない。今日の予定を考えると、とても残念だがくじけている場合ではないので、女性陣に「では盛り上がっているのに申し訳ないけど、このおじさんだけ借りますね」と管理人の男性を引っ張り出して松原を背景に撮影。最初は照れていたがモニターを見せると「俺の悪い癖だ」といって姿勢を正してもう一枚。ご本人も納得の写真となった。実はこの男性、なかなか良い顔をされており、撮りたいと思っていたので、ことはうまく運んだのだった。

さて、今日はずっと不安定な天気が続くことになるが、移動先は上がっているというパターンの繰り返し。本州に入ってから悩んでいたが、日本の地域文化を旅しながら収集した民俗学者の宮本常一生誕の周防大島にやはり向かうことにした。記念館は休館日だとわかっていたが、どうしてもゆかりの地とお墓がある神宮寺を訪ねておきたかったのだ。続いて、先日約束をしていた梶岡さんと呉市の『桂浜』を目指す予定だったが、梶岡さんに連絡してお迎えに行くと体調を気にされていたので、経営されている会社の前で撮影させてもらって一人で向かうことにする。『桂浜』の立地は、地図では半島の先にあるように見えたが、実際に行ってみると倉橋島という島にあった。浜は谷あいにあり、桂浜神社の足元に広がるる小さな白砂青松の地で樹齢を重ねた松が数本しっかりと残っている。この松原を梶岡さんの会社が保全しているのだ。さっそく撮影に没頭してそろそろ良いかなと思ったタイミングで雨が降り出す。松原の目の前にあるカフェで食事をして、やはり目の前にある天然温泉桂浜温泉でしっかり疲れを癒すことができた。ここは『慶野松原』と同じく松原撮影&車中泊にはうってつけの立地である。今日こそは早めに休めた。

 

呉市の桂浜から望む瀬戸内の島陰が美しい(撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

(瀬戸内紀行 本州後編に続く)