(瀬戸内紀行 本州前編より続く)

 

7月20日、旅に出て11日目。広島県呉市桂浜の前にある駐車場で5時前に目覚める。少し撮影散策をして、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている呉市御手洗に向かい10時ごろまで撮影散策。観光地なのだが程よく鄙びた感じもあり印象が良い。続いてやはり重要伝統的建造物群保存地区に指定され、ユネスコ「世界の記憶」にも指定されている広島県福山市にある鞆の浦に到着したのは13時半。アプローチする道は狭いのだが、御手洗と比べてエリアは広く整備も進んでいる。平日ということもあり蔵を改造したお店が空いていたのでゆっくり遅めのランチ。瀬戸内のこの周辺はいくつもの島を橋で渡ることになる。海の幅も狭く、走りながら見てもわかるぐらい潮が川のように流れているが、入り組んだ地形から潮避けの良港が多く、江戸時代に各地が賑わっていた形跡がそこかしこに散見される。そのため、寄り道大魔王に豹変しそうなところをグッと抑えて、どうしても気になるところだけは撮影して先を急いだが、かなり観光的な移動になってしまった。

続いて岡山県に入り、いよいよ訪ねた岡山県総社市の角力取山の大松については、思い出深い出来事があったので改めて記すこととして、宿泊予定である岡山県玉野市にある渋川海岸に話を進める。混雑する都市部から抜けて海岸線に沿う道のアプローチが心地良い。ここも松原100選の海岸。白砂青松の海水浴場で今回の旅では一番砂浜が広く駐車場も大きい。何より真正面に瀬戸大橋がパノラマ展開し、日本でも有数のロケーションにある白砂青松の地と言える。フォトジェニックなライフセーバーの監視台もあり、まだ何人も海水浴客が残っていたが撮影モードに入ってしまった。1時間ほど撮影して、松原の目の前にある瀬戸内マリンホテルの日帰り可能なたまの温泉に行く。食堂もあったので夕食を食べてから入浴。松を見上げることができる露天風呂もあり、貸切のような状態でのんびり旅の疲れを癒すことができた。なかなかハードな移動と撮影になったが事故もなく渋滞もなく無事に撮影をこなせたことに感謝。

7月21日、4時半に目覚める。渋川海岸から15分ほどのところにあるみやま公園道の駅の駐車場が広いとの情報がありそこで車中泊。この撮影旅では最も涼しく快適に眠ることができた。急ぎ渋川海岸に向かい誰もいない松原と砂浜の撮影を狙う。というのも海水浴でごった返す湘南の鵠沼海岸も、平日の早朝は真夏でも僅かに地元民が散歩する程度。よって、この渋川海岸も同じと見込んで行ってみたら的中。さらに予想外なことに、日差しが差し込むとまず遠く望む瀬戸大橋は白く輝き始め、次に砂浜の足元には松原の影が伸びていった。思わぬ絵づくりができ期待以上の手応えである。

 

渋川海岸より輝き出した瀬戸大橋を望む (撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

さて我が故郷の兵庫県の本州西部エリアに入る。まず訪れたのは高砂海浜公園。とてつもない猛暑の中、公園に入ってみるとすぐに撮影モードに入る。江戸時代に築かれた高砂湊の堤防が残っていて老松が並ぶのだ。高砂は秀吉の時代から加古川の河口で海運業で盛えた。江戸時代の街並みが再現されたエリアもありその近くには高砂神社。日本人と松をテーマにする者として欠かせない場所。イザナキとイザナミの二神が宿る松、相生の松のゆかりの神社なのである。初代の相生の松は天禄年間に、2代目は天正年間に、3代目は昭和12年に枯死したが保存され、4代目はマツクイムシにやられてしまい、現在は5代目が枝を張っている。

続いて加古川の浜の宮公園。ここは今年の冬に岡山へ出張した際、新幹線の車窓から随分と広大な松原が目に止まりgoogle mapで確認していた場所。やはり広い。江戸時代には「加古の松原」と呼ばれていた。細い松が多いが、撮影散策していると樹齢を重ねた松が立ち現れる。一部のエリアで落ちている松ぼっくりがやたらと大きい。黒松と赤松だけでなく大王松もある。松原を散策する地元の人に話を聞くと、大きな松ぼっくりを拾って売っている人もいるようだと教えてくれた。やはり魅力的。綺麗なものを2つ持ち帰ることにした。

高砂、加古川、明石と懐かしい地名を走り抜け、子供の頃にロープウェイにも乗った兵庫県神戸市にある須磨浦に向かう。須磨浦公園は松が多い印象だったが松以外の紅葉樹も多く子供の頃の記憶とは違った。切り株も多く余計に松が少なくなっている。遠く東を見ると赤い和田岬灯台が見える。期待して行ってみると須磨海浜公園は水族館をはじめ大工事中のため立ち入れず。なんとか和田岬灯台だけでもとトライした。工事が終わったら必ず再訪したい。この須磨海浜公園でも遊んだ記憶が残る。会社の関西支社時代にも来たが、大好きだった今は亡き村田和人のライブがたまたまあり、海に浮かびながら「一本の音楽」を聞いたことを鮮明に覚えている。この旅でも何度も聞いて気持ちを高揚させている。今日の車中泊は、この撮影旅の初日と同じ淡路島の慶野松原にした。2日目にお会いした兵庫県立淡路景観園芸学校の校長でもあり兵庫県立大学緑環境景観マネジメント研究科の研究科長でもある藤原道郎さんと連絡を取り合い、明日の午前中に慶野松原でお話を伺いながら撮影できることになったのだ。日没後のマジックアワーにギリギリ間に合い、この撮影旅でベストだった国民宿舎慶野松原の日帰り温泉を楽しむことができた。

7月22日、旅に出て13日目。慶野松原の駐車場で5時半に目覚める。旅の最初に来た時は無料駐車場だったのだが、今回は8:00-18:00が有料となっていた。兵庫県立大学の藤原教授との待ち合わせは9時半。松原を歩きながら具体的にどのような保全対策を行なっているのかをその場に立ってご教示いただく贅沢な機会。このブログの「瀬戸内紀行 淡路島編」でも記したが、砂浜に沿って海岸林機能を持たせるために間隔を狭く並ぶように管理。樹齢を重ねた磯馴松(そなれまつ)の周辺は枝が干渉しないように管理。植樹の苗と実生発芽を適切に管理。さらには海浜植物との共生を管理。これら総合管理により100年後のこの地らしい松原の状態を創造するという。保全活動と林業経営の両輪のような話にとても刺激を受ける。お話を聞くと風景を見る思考がとても深まり当然ながら撮影にも良い影響がある。モニターに映る風景の見え方が全く変わってくるのだ。レクチャーの合間にいいロケーションや意味のある場所でポートレイトの撮影。松原の外は猛暑だが、ポートレイト撮影をしようとするといい感じで薄曇りになったり、松原を抜ける涼しい風で松韻が聞こえてきたり、散策するには本当に良いロケーションであっという間の2時間。その後、近くに新しくできた随分とオシャレなバウムクーヘン屋さんに入り、コーヒーとバウムクーヘンでお話しを再び聞かせてもらい再会をお約束して別れた。藤原さんが校長をされている兵庫県立淡路景観園芸学校にはこの旅の2日目に伺ったのだが、淡路島の北部にありまるで天空にある学び舎で全寮制。2年間で保全管理、施設マネジメント、活用デザインの3つの領域を習得し修士学位が得られる。全国初の農学系・環境系の新しいタイプの人材養成を行っているのだ。サステナビリティを自然と共にある人間社会と考えるのであればここは最先端の学び舎。その校長でもあり学科長でもある藤原さんはそもそも松の研究者として博士学位を取得されているのだ。まさにお会いしたい人物だったので、どうしても慶野松原で撮影をしたかったので連絡を取り合ったのだ。

今回計画していた撮影はこれで完了。とても充実感がある。せっかく淡路島にいるので、気になるところを見て帰ろうと考え、どうしても見ておきたかった江井の集落に向かうことにした。旅の前半に島の海沿いの県道33号を走った際に突然、線香屋さんの看板が並びとても気になっていたのだ。調べてみれば、淡路島は線香づくりで日本一でその生産シェアは7割と言われており、この江井がその中心地。訪れた時間が遅かったため店には入れずだったが、町のあちこちから良い香りが流れてくる。江戸時代には淡路島の富の7割は江井にあると言われ、海運業が盛んで全国から素材を仕入れ全国へ販路を広げて現在のシェアに至ったようだ。今回の瀬戸内の撮影取材の旅は、江井のような町をはじめ、瀬戸内の小さな入江に栄えた痕跡も多数見てきた。日本の伝統文化や産業が地域から発信されていた海の交通が盛んだった江戸時代。現在は都市中心の発想から地方創生が掲げられ、多くの若い人たちもさまざまな職を手に地域へと生活拠点を移しているが、道路や鉄道網を起点とする社会構造に海運業も加えて、地域格差ではなく地域有利な社会構造を構築するのも良いのではないかと思うのである。

さて、道路中心の発想でキャンピングカーの車中泊を計画してしまった現代人は陸路をひたすらに走る。18時ごろに淡路島を走り出してみたら、土曜の夕方にもかかわらず関西エリアは意外と空いていて新名神からすんなり新東名へと入った。岡崎パーキングエリアで味噌カツを食べて一気に帰ることとした。全くの余談だが、この岡崎パーキングエリアの食堂の椅子が全てFSC認証だった。メーカーはオリバー。見渡す限りの椅子がFSC認証のマークが付いており軽く100脚は超えていて爽快である。こんな光景が当たり前になることを願う。茅ヶ崎には24時前に到着。これを持って今回の「松韻を聴く旅」の瀬戸内紀行は終了。移動、撮影、データ処理、情報の整理など、業務として考えると極めてハードワークで、働き方改革から言えばとてもダメな個人事業主であった。この2週間で3kgほど痩せた。体力と体重をつけて次回に備えるとする。しかし楽しく充実した日々であった。

瀬戸内は白砂青松の語源となったエリアであり、真砂による白砂が美しい砂浜に地域の人に守られている松たちが並ぶ海岸をみてきた。この旅は一般財団法人日本緑化センターの瀧さんにご協力いただき、各地で保全活動などを行っている人を繋いでいただいた。このため、お会いした方々は大変に好意的に接してくださり、このプロジェクトに対する理解も示してくださった。このプロジェクトは、日本全国の松の林、松の巨樹、松の縁を訪れ、日本人の生活文化に染み込んだ松の力強さや松の美しさを写真で表現し、日本の持続可能性を考えるきっかけになればと願っている。今回お会いした方の話は、当初の狙い以上にその思いを深めてくれることとなった。これもSDGsコミュニケーションなのである。

次回は8月20日ごろから旅立つ予定。

 

慶野松原 (撮影:Hasselblad 907X CFV II 50C + XCD4/45P)

 

今回の「松韻を聴く旅」の走行距離は約3,900km、ガソリン消費量は347.79リットルで排出CO2は807kg-CO2であった。よって1トンのクレジットを購入してみなし排出をゼロにした。しかし、これは致し方ない対応である。早く次世代エネルギーによる車が普及し、それに伴い国内インフラが充実することを願う。

 

カーボンオフセット認定証

 

(瀬戸内紀行 特別編 角力取山の大松に続く)