2023年7月から開始した撮影取材「松韻を聴く旅」も、早くも2年半が経ちました。北海道から鹿児島までは自分のキャンピングカーで巡り、沖縄へは飛行機で渡り、本島でキャンピングカーを借りて離島も巡ってきました。撮影ポイントは約550ヶ所、出会いお話を伺った方は200人に迫ります。自分のキャンピングカーの走行距離も86,000kmを超えました。撮影した作品は「ランドスケープ(風景写真)」と「ポートレイト(人物写真)」に分けて整理しています。

旅の記録は、一般財団法人日本緑化センターの季刊誌「グリーンエージ」にて「松韻を聴く旅へ」として連載しており、現在14回を数えます。最新号では2024年冬の出来事を書いており、こちらの旅もゆっくりと続いています。

松は昔から日本の暮らしに欠かせませんでした。風雪に耐える姿が神々しく信仰の対象となり、長寿延命の象徴と讃えられ、心の象徴として親しまれてきました。「松風」「松韻」「松籟」「松濤」。風に名がつく樹種は他にはありません。松は痩せた土地を好む”強い植物”ですが、自然遷移に任せると他の植物に場所を譲る”優しい植物”でもあります。

化石燃焼が普及する高度経済成長期まで、松と日本の暮らしは頃合いの良い関係でした。海辺でも里山でも家の燃料にするため松葉かきをして松林は常に明るく清潔で松には好都合でした。しかしライフスタイルの変化に伴い松から暮らしは離れていき、今は北米から侵入したセンチュウによる壊滅的なマツ材線虫病、いわゆる”マツクイムシ被害”が発生して久しく、昨今の気候変動によって活動域が北上し松が失われた風景は全国各地にますます広がっています。

今回、旅で出会った静岡市の三保松原文化創造センター「みほしるべ」の皆様からお声がけをいただき、企画展として展示の機会をいただきました。個人の力では実現できない規模での展示となり、大変ありがたく思っています。写真専門ギャラリーではなく観光施設であるため、いかに多くの方に写真展示へ関心を持っていただけるかが課題でした。そこで、インパクトと親しみやすさの両立を意識した展示構成を考えました。三保松原は、世界遺産の構成資産に指定された唯一の松原でもあります。

展示は「ランドスケープ」と「ポートレイト」に分けて構成しています。

「ランドスケープ」では、三保松原の文化的・歴史的背景を紹介する常設展示フロアに、幅3.6m×高さ2mの巨大作品2点、幅2.1m×高さ1.2mの大型作品6点を展示します。高さ2mの作品は、これより背の高い人は少数だと思いますので、すっぽりと写真の中に多くの人が入り込むことができます。本来撮影禁止の展示室ですが、モノクロ作品の前に色彩を持つ人が立つことで新しい関係性が生まれることを期待し、撮影可能なエリアの設置についても相談しています。

「ポートレイト」は、企画展示室ではなく、ガラス張りで外からも見える通称「通り土間」に展示します。日当たりが強く褪色への配慮が必要な場所ではありますが、開放感のある空間を生かし、人物写真にその方々の言葉を添えたB2サイズのポスターにして10人分を展示します。デザインは自身で行いました。清水港に寄港する豪華客船の観光客も多く訪れる施設であるため、英語表記も併記しています。人物写真と言葉を組み合わせた展示は初めての試みですが、今後の可能性を探る挑戦でもあります。

少し話が大きくなりますが、この「松韻を聴く旅」は、国連が推進するSDGsに対して自分なりの答えを探す旅でもあります。SDGsは地球上の弱者を守る重要な枠組みであり、特に欧州が得意とするフレームワークですが、日本は課題解決先進国であり、多様な経験を積み重ねてきた社会は、さらに具体的な実践や視点を提示できる立場にあるのではないかと感じています。

日本各地の地域づくりには、SDGsの事例としても世界に誇れる取り組みが多く存在し、その背景には自然から学び培われてきた社会の基盤としての「文化」があります。

文化庁は「文化を大切にする社会の構築について」において文化をこのように定義付けています。

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文化は,(1)人間が人間らしく生きるために極めて重要であり,(2)人間相互の連帯感を生み出し,共に生きる社会の基盤を形成するものです。また,(3)より質の高い経済活動を実現するとともに,(4)科学技術や情報化の進展が,人類の真の発展に貢献するものとなるよう支えるものです。さらに,(5)世界の多様性を維持し,世界平和の礎となります。

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しかし文化と宗教は密接に関わるため、国際的な場で文化を語ることの難しさも感じています。だからこそ、この旅で語りたい文化は宗教とは切り分け、日本の暮らしの中で育まれてきた風景としての文化です。

この旅を通して辿り着いた言葉があります。「松がつくりだす景観は、日本の文化財である」ということです。松が置かれている現状は単なる環境問題ではなく、多くの人が認識すべき社会問題であり、松を守ることは、地域の営みによって日本らしさをかたちづくってきた風景を守ることにつながります。旅では、松がつくりだす景観だけでなく、松に関わる人にも会っています。松を守る人、松を描く人、松を使う人。その一人ひとりの物語に共通するのは、郷土愛でした。

自然保護にとどまらない意味を、この展示を通して伝えられたらと思っています。

全国で松に向き合い活動されている多くの方々と思いを一つにしながら、これからも写真家としての活動を続けてまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

日本写真家協会ウェブサイトの告知ページです。

 

令和7年度三保松原文化創造センター企画展III

「松韻を聴く旅〜写真家・川廷昌弘が出会った松原と人々〜」

会期:2026年2月21日(土)〜5月17日(日)

時間:9:00〜16:30(年中無休・入館無料)

会場:静岡市三保松原文化創造センター「みほしるべ」

住所:静岡市清水区三保1338-45

電話:054-340-2100

 

「松韻を聴く旅」ギャラリートーク

日時:2026年3月7日(土)14:00-16:00

集合:みほしるべ2階会議室

定員:30人、要申込

申込方法:参加申し込みフォーム

申込期間:2月10日(火)〜2月26日(木)

申込多数の場合抽選

 

川廷 昌弘 Masahiro Kawatei

1963年兵庫県芦屋市生まれ。1986年博報堂入社。1995年阪神淡路大震災で被災し10年後に写真集「一年後の桜」出版。1998年テレビ番組「情熱大陸」の立ち上げに関わる。2005年地球温暖化防止国民運動「チーム・マイナス6%」でメディアコンテンツを統括。2015年SDGsアイコン日本版の制作をプロデュース。その後は政府のSDGs関連事業や企業のSDGsコンサルティングを手掛ける。2019年国連本部で開催されたSDGサミットのハイレベルサイドイベントでスピーチ。2020年著書「未来をつくる道具わたしたちのSDGs」出版。2021年東日本大震災から10年の節目に写真集「松韻を聴く」出版。2023年博報堂DYグループ定年退職。2025年震災30年の節目に写真集「芦屋桜、咲く。」出版。キャンピングカーでの全国各地への「松韻を聴く旅」を継続中。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。博士(環境学)。慶應義塾大学特任教授。

【主な個展】

1992「週末の楽園」-Minami-boso- 銀座、梅田キヤノンサロン

1994「〜憧憬〜」 mole(東京)ブレーンセンターギャラリー(大阪)

1998「一年後の桜」 サードギャラリーAya(大阪)

2001「ロスト・マイ・ワールド」 銀座ニコンサロン

2002「なまず石」 サードギャラリーAya(大阪)

2003「一年後の桜クロニクル1994-2002」 ビジュアルアーツギャラリー(大阪)

2004「白杭の季節―湘南―」 銀座、梅田、名古屋、福岡キヤノンサロン

2009「松韻〜劉生の頃〜」 新宿、大阪ニコンサロン

2009「Boy’s summer 白杭の季節Ⅱ」キヤノンギャラリー銀座、植田、名古屋、福岡、仙台

2011「人工林の美、林業の現場。」 キヤノンギャラリー銀座、梅田、名古屋

2021「松韻を聴く」 蒼穹舎ギャラリー

【主なグループ展】

2000「震災と美術―1.17から生まれたもの」兵庫県立近代美術館

2011 JPS展「プロフェッショナルの世界」東京都写真美術館

2015「光の空—阪神淡路大震災から20年—芦屋」芦屋市立美術博物館

2016 JPS創立65周年記念「日本の海岸線をゆくー日本人と海の文化」東京芸術劇場

【写真集】

2005「一年後の桜」(蒼穹舎)

2007「白杭の季節」(リコシェ)

2015「芦屋桜」(ブックエンド)

2021「松韻を聴く」(蒼穹舎)

2025「芦屋桜、咲く。」(蒼穹舎)

【著書】

2020「未来をつくる道具わたしたちのSDGs」(ナツメ社)

2022「わたしからはじまるSDGs」(風鳴舎)